雑学

コンビニ店員に、予想外のあだ名を付けられていた俺たちは――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第30話>

 昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート!

patoの「おっさんは二度死ぬ」【第30話】おっさんだらけのコンビニで

 ネーミングは自由だ。

 通勤途中の道沿いに「カフェ・ド・田中」(田中の部分は仮名)というコーヒーショップがある。本当に小さな小さなお店で、趣味でやっているようなささやかな佇まいだ。僕はいつもそこを通り過ぎるたびに、ちょっと微妙な気持ちになる。

 もちろん、ネーミングなんて完全に自由で、自分の店にどんな名前を付けようが関係ないのだけど、どうして「カフェ・ド・田中」にしてしまったのか、それを悶々と考えてしまうのだ。

 カフェ・ド、まではめちゃくちゃオシャレな筆記体みたいなフォントで「café de」とか書かれているのに突如として武骨に「田中」である。明朝体で田中である。誰だよ。いや、もちろん店主が田中さんなのだろうけど、もうちょっとなんとかならなかったのか。なんで最後までオシャレを貫けなかったのか。せめて「tanaka」とオシャレな筆記体で書くべきではないか。そう思うのだ。

 名前を付けることは自由だ。

 地方の国道などを車を走らせていると、時にとんでもない店名の看板を目にすることがある。なぜその名前にしたのか。もっとなんとかならなかったのか。そんな店名だ。

 僕が子供のころなんかは「ちんぽこ亭」という常軌を逸した名前の食事処が近所の国道沿いにあった。「ちんぽこ亭」だ。

 店を出すということは大変なことだ。方々に借金をして開店資金を捻出したかもしれない。もしかしたら一発奮起して脱サラしたのかもしれない。その際に家族や親族の反対にあったかもしれない。それでも信念を貫き、やっとこさ我が城の開店にこぎつけたかもしれない。

 そんな血と汗と涙の結晶であるお店の名前を決める、様々な想いを乗せた店の名前、「ちんぽこ亭」である。開店の段になって頭が狂ったとしか思えない。もちろん自分の店だ、どんな名前をつけようと自由だ。ただ、もうちょっとなんとかならなかったのか、そう思うのだ。

 命名は自由だ。

 名前を付けるといえば、もう少し気になることがある。

 これまた僕の通勤途中にある店の話になるのだけど、工場が立ち並ぶ一角にポツンとコンビニがある。前々から怪しい怪しいと思っていたのだけど、どうやらこのコンビニ、おっさん密度が異様に高いようなのだ。

 周囲に多くのおっさんが働く工場があり、おっさんが好きな飲み屋街もそう遠くないという立地的な事情もあるのだろう。いつ行っても店内におっさんがいた。詳しく統計を取ったわけではないが全国でも有数のおっさんコンビニだ。

 出勤前に立ち寄るといつも決まった配置でおっさんがいる。常連のおっさんたちだ。立ち読みしているおっさん、弁当を選んでいるおっさん、コーヒーを選んでいるおっさん、コピーを取っているおっさん、だいたいいつも同じだ。

 その中を僕も決まりきったコースをたどってカフェオレとミニドーナツを買う。あとレジ前でおにぎりを買うことも忘れない。選ぶ味は「高菜」だ。ルーチンワークであることは心の平穏に繋がる。

 購入して店を出てすぐに、我慢できないといった感じで店の前のゴミ箱のところで食べる。これも変わることのないルーチンだ。ただ、この日だけは違っていた。

 「おつかれさまです」

 ルーチンを乱す男が現れた。視線を移すと見たことのない青年が満面の笑みで佇んでいた。いや、よくよく観察したら見たことある顔だ。ただ、どこで見た顔だったか分からない。

「わからないですか? 毎日会っていたのに」

 青年はそう言って笑った。その笑顔を見て気が付いた。これは見た顔だ。それもこの店で見た顔だ。そうそう、この店で毎日会っていたのだ。

 彼はこの店で働く店員だったのだ。制服じゃなくて私服を着ているものだから全然気が付かなかった。でも確かに毎朝ここで見ていた顔だった。

 「じつは、昨日でここのバイトやめたんですよ。就活が本格化するんで」

 「なるほど、大学生だったんだ」

 そんな無難な会話をした。彼はちょっとぶっきらぼうだった僕の言葉にかまわず話を続けた。

 バイトを辞めたけどついつい習慣でこの時間に起きてしまったらしく、それじゃあ働いていた店に客として行ってみるか、ついでに朝飯でも買うか、とやってきたらしい。そこでよく知った常連の顔を見つけ、自分がいなくても世界が動いていると訳の分からない興奮が体を包み、ついつい話しかけてしまったそうだ。

 「あ、やっぱり店の中にいる人もほぼ同じですね」

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元コンビニ店員は、やはり密かに客にあだ名をつけていた

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