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第531回  4月24日「何もせずに3億かせぐ話」-2

・この連載は確かウィンドウズ95の時代にスタートしたものですが、スマホ時代に対応してページを新装していただきました。ありがとうございます。 ※過去記事(~#530)はこちらです→ 「日々是コージ中」バックナンバー ・少し間があいてしまいましたが、前回の続きから再開しますね。バブル時代、ゲーム業界の片隅で起きていたことです。 ………………………………………………… ・ゲーム雑誌にAの記事が出ていた。肩書きは「●●●●ゲームス代表取締役」になっている。聞いたこともない社名だが、両手でろくろを回す仕草をしている彼の背景はまぎれもなく、僕が借りた新宿のあのオフィスだった。 ・Aはインタピューに答え「収入は半分になったけど夢をかなえることの方が大事だと思って独立した」とか言っていた。そして自分が作ろうとしているゲームの内容を妄想も交えてかなり詳しく語っていた。 ・僕はすぐそのオフィスに向かった。玄関から入ろうとしたら、中からとんがり帽子を被った化粧の濃い女が出てきた。場所を間違えたかと思ったが、Aの名を出すと、アポイントはおありですか、と言った。酒の匂いがした。 ・僕は女に構わず勝手に中に入った。オフィスの様子は一変していた。まず目についたのは中央スペースを占拠したトランポリンだ。壁際にはビリヤード台とバーカウンターが設置されていた。 ・足が何かに引っかかった。それは線路だった。ただしミニチュアの。床上を鉄道模型が走るのだ。この会社、なんという意識の高さだ! ・線路をたどっていくと、いちばん奥の席の脇にターミナル駅があった。まるで王の台座のようなブースに、大量のフィギュアが飾られていた。間違いなくこれがAの席である。 ・嬌声が聞こえてきた。会議室からだ。近づくとドアの小窓から中の様子が見えた。酒瓶やケータリングの皿を並べたテーブルを囲んで、7、8人の男女が馬鹿笑いをしていた。ハロウィンでもないのに皆ふざけた格好をしている。ビキニの女や、マジックペンで顔にらくがきした男もいる。その中心にAがいた。 ・「ちょっと、困ります!」  背後から帽子女が追いついてきた。僕は振り返って言った。 「何やってるんだよ、これ」  僕の剣幕に女は顔を引きつらせた。 「我が社は金曜の午後は懇親会となっていまして、社長も参加しています。あの、失礼ですが」  そんなやりとりをしているうちに彼が気づき、あわてて出てきた。 ・二人でいったん外に出て、話を聞いた。まあ聞かなくてもわかっていた。彼はこの1ヶ月で勝手に社長を名乗り、勝手にスタッフを雇い、勝手に社内を改装し、いろいろな備品を発注していたのだ。 ・「さっきの女、店でお前にスカウトされたって言ってたぜ」  カマをかけたら、 「あ、ああ」  否定せず、目を伏せた。やはりどこかのキャバ嬢に声をかけ、秘書として雇っていたのだ。 ・「しかしね、おれのゲームには若い発想が大事なんだよね……」  彼と若いスタッフたちはトランポリンを飛び跳ねたり玉を撞いたりしながら毎日アイデア一人10個のノルマを果たしていた、ということらしい。 ・それから彼は大量の請求書を僕に渡そうとした。さっきは気づかなかったが彼はトランポリンやNゲージの他にワインセラーまで買っていた。そしていちばん高額の請求書は、大量の年代物ワインの代金だった。600万。 ・2番目は、500万。例のゲーム雑誌からだ。広告出稿料という名目だった。ゲーム雑誌というものは金さえ払えばインタビュー記事を作ってくれるということを僕は初めて知った。 「いや、大作なんだから早いうちから話題にしとかなきゃでしょう。その方が人材も集まりやすいし、これも必要経費ですよ」  彼はへらへら笑いながら言った。 ・請求書を全て破り捨てて彼を即座に追い出してもよかったが、僕は深呼吸をして自分を落ち着かせた。そして、もともとこの場所を借りた理由を思い出した。いかにも本当らしく、いかにも金のかかってそうなゲームを作っている現場を捏造しておく必要があったからだ。ならば今この状況は、まさにその目的にかなっているではないか。 ・出費は予定より数千万はオーバーしそうだったが、3億儲かることを考えれば、なんということもない。トランポリンとかワインとか、値段がよくわからないものを買っていることも、税務対策としては好都合だった。なんといっても、この風景のリアリティーは捨てがたい。僕はむりやり笑顔を作った。 「がんばってるね、さすがだ」 ・彼はほっとした顔になり、会議室に、パーティー会場に僕を連れていった。 「こいつは……この方は、うちのクライアントだ。というか、おれのファンでね。まあこの会社の応援団長みたいな人だな」  頭の悪そうな若者達は猿のようにヒューヒュー叫び、酒を大量にこぼしながら注ぎ、僕の背中を馴れ馴れしくぽんぽん叩いた。 「渡辺さんにかんぱーい」 ・はらわたを煮え繰り返しながら僕は笑顔で頭を下げた。3億だ、3億のためだ、と自分に言い聞かせながら。 ・ところが、その頃すでに、それどころではない事態が起きていたことを僕は知らなかった。そして数ヶ月後、首をくくらなくてはならないほどのピンチに追い込まれることになる。 (つづく) 作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。
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