じゃあ、入口で待ったらどうだろうか。そう思うかもしれないが、このトイレを隔てる壁はかなりのものなので、これでは全てのブースをカバーできない。これではただ単にトイレの入り口に立つ人、である。邪魔でしかない。 　つまり、大便を待つ場所がないのだ。効率よくブースの空きを待つ場所が皆無なのだ。たぶんきっと、これを設計した人はウンコを漏らしたことがないんだと思う。人の痛みをわからないんだと思う。 　いよいよ漏れそうだ。さっきからオナラで散らしたりしているが、そのオナラが熱を帯びてきた。こうなったらどちらかのサイドに陣取って待つしかない。言い換えれば、どちらか2つのブースに絞るしかない。 　「どのブースが一番早く空くか？」 　これにはちょっとしたコツがある。カチャカチャとベルトを締める音、カラカラとトイレットペーパーを巻きとる音、この辺が聞こえてくるブースは終わりが近い。左右の小部屋を行き来し、そういった兆候を探ったが、全てのブースが完全に無音。本当に人が入ってるのかと疑いたくなるほどに無音。長い戦いになりそうだ。 　いよいよ限界が近い。 　「柿沢よ、どうしたらいいんだ！」 　天を仰いだ。瞬時に柿沢の声がリフレインする。 　「大便する個室が満員だったら壁際の個室を狙え。壁際は少しだけ空きやすい」 　柿沢……。そうか壁際が空きやすいのか。今初めてその理論が役に立ちそうだ。ありがとう柿沢、それを指針に狙いを定めるよ、俺。 　全部壁際じゃねえか。どうなってんだ、この構造。 　結局、なんのデータ的裏付けもなく、右側の領域に並んだ。つまりCとDを狙う位置だ。何の根拠もない。神頼みというやつだ。 　並んでいても、小便の人はひっきりなしに両方の小部屋を出入りしている。いよいよ断末魔の悲鳴が鳴り響きそうなとき、ゾクッと背筋に悪寒みたいなものが走った。 　「AかBのどちらかが空いたんじゃないか」 　そんな禍々しいオーラみたいなものが左側の領域から漂っているのだ。「えげつねえなあ」ついつい呟いてしまった。