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<純烈物語>サラリーマン、モデル、仮面ライダー、純烈、小田井の昇った階段<第22回>

<第22回>純烈における小田井の立ち位置は「自分も生かした上で全体のプラスになるのが究極」

 小田井涼平の話を聞いていると、自己をしっかりと持った上で周囲が描いたことに乗っかるのも才能だと思った。何もかもを個人の意思で進めるのとは違い、そこにはシチュエーションや人間を見極める力を要する。  自発的な動機にこだわるがあまりほかの選択肢を見いだせず、一つがダメだとそこで終わってしまうケースは世の中にあまたある。他力による可能性を生かせたら、それも立派な成功の形に変わりはない。 「うーん、僕はやっていくうちに見つかるタイプなんでしょうね。最初から自分の中では決められない。今思えば、すべてがそうなんです。どこに就職するかもギリギリまで決まらなくて、最終的に決めた理由もその仕事がしたかったからではなく、面接にいって話を聞いてなんとなくここがいいかなと思ったからで、職種で決めたわけではなかった。  仮面ライダーのオーディションにしても、純烈の話も自分から動いたわけではなかったじゃないですか。もっとさかのぼると、仙台にいったのもそこでモデルになったのも、どうしてもと自分が望んだわけではなかったし。その時その時に巡ってきたものに対し頑張った過程が実は階段で、知らぬうちに昇っていただけなんです」  神戸学院大学を卒業した小田井は地元の家電メーカーに就職。研修を終えると、いきなり仙台への赴任を言い渡された。  右も左もわからぬ街へいくと、職場は全員遥かに年上。これが何を意味するかというと「会話のほぼすべてが敬語」の日々となる。  社内では言うまでもなく、営業に出ても得意先や顧客とのコミュニケーションだから、タメ口で話せる対象がいない。気がつけば半年間もその状態が続いていた。  そんな毎日が続くのはさすがにまずいと思い、気兼ねなく話せる友達を作ろうと決意。何か習いごとに通えばそこで仲よくなれると、公衆電話に置いてあるタウンページをペラペラとめくった。

■モデル事務所と契約、目論見どおり友達はできたが……

「月謝を払って友達を作るっていうのも、アホ臭い話やなあ」  そんなことを思っていると、仙台市内のモデル事務所が募集をかけていた。そういえば学生時代、背が高かったため周りから勧められたことがあった。  友達がモデルだったら、男はカッコよくて女はきれいなはず。どうせならそういう知り合いの方がいい。登録制だからお金も払わなくて済むばかりか、仕事としてギャラまでもらえるのだ。  目論見通り、小田井は友達ができた。です・ます以外の日本語で会話するのがこんなにも心地いいとは……だがしかし、そこまでだった。  親しくなったからといって飲みにいったり、休日どこかへ遊びにいったりするような関係までは築けず。モデルで売れてしまったのが、誤算だった。 「会社員として働いているから、休みである土日しかモデルの仕事はできません」と言っておいたのに、平日のスケジュールまで入れられるようになった。これでは友達になれたところで、一緒に遊ぶ時間などない。 「こっちは社会人だから、ちゃんとしているじゃないですか。サラリーマンをやっているので普通に挨拶ができる。でも若い子の場合は、いきなりモデルをやるからそういうのができない。それでクライアントが気に入っちゃうんですよ。遅刻もせず挨拶もできて仕事もきっちりやるなんて、そんな当たり前のことをやっているだけなのにですよ。  それでどんどん指名される。事務所も、得意先だからどうしてもやってくれって、忙しくなって友達づきあいどころじゃなくなっていったんです。そのうち会社にもバレて……そりゃバレますわ。地元のテレビのCMに出ちゃってんだから」  仮面ライダーとして世に出るよりも前から、小田井はテレビに露出していた。本来ならば会社の規約違反による解雇となるが、お得意先に「君、CMに出たよね?」と喜んでもらえたため「これ以上は派手にやらない」ことを条件に目をつむってくれた。
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阪神大震災で狂った歯車
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