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クリスマスのおっさんに起きた奇跡、そしてペガサス――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第74話>

ついに訳の分からないことを言い出したおっさん

「ほらあ、クリスマスだからさあ。どう? 焼肉」  おっさんのセリフが悲しい。たぶん、本当に脈はないんだと思う。おっさんも「会う約束をしている」つもりで待ち合わせ場所に立っているけど、たぶん飲み屋で本当に曖昧な感じで躱されたんだと思う。だからいくら待っても来やしない。  おっさんは、あの手この手でなんとか飲み屋の女を誘い出そうとする。なにか悲壮さを通り越した別の何かを感じてしまった。  もしかしたらクリスマス溢れるこの街並みに、たった一人で投げ出されるのが怖かったのかもしれない。場違いなおっさんがここに排出されるのが怖かったのかもしれない。それはもう悲しみという感情ではなく、畏怖なのかもしれない。おっさんの必死さからはそんな感情が読み取れた。 「ぺ……ペガサスがいるんだ」  ついにおっさんが狂って、訳の分からないことを言いだした。  突然何を言い出したかと思った。瞬時に、小学校の時に皆の気を惹こうと「ツチノコを見た」と言い出し総スカンを食らった坂本君のことを思い出した。  おっさんもあまりの脈のなさに、完全に狂ったのかと思ったけれども、実はそうではなかった。 「いやな、クリスマスツリーにペガサスが飾られているんだよ。おかしいだろ、クリスマスツリーにペガサス」  おそらく、僕が怪訝な目つきで見ていたことに気が付いたのか、電話相手に説明する体を保ちつつも、僕に説明する感じで話していた。  おっさんの視線の先を見ると、なるほど、本当にクリスマスツリーにペガサスの人形が飾られている。メタリックの球や、サンタやトナカイの人形に混じって、堂々とペガサスが飾られていた。 「うんうん、ペガサスいるから、そう、ペガサス、そう、空飛ぶ馬」  おっさんはもう訳の分からない誘い方をしていて、そのまま通話を切ったようだった。  クリスマスツリーの下の方にちょこんと飾られたペガサス、それを眺めているとおっさんが口を開いた。 「おかしくねえか、クリスマスにペガサスなんて」  もしかしたら、この商業施設に入る店舗の商品かもしれない。それでも、他の飾りは明らかに正統派なクリスマスの飾りだし、これ1つだけ店の商品、じゃああまりにおかしい。そうならもっといろいろあるはずだ。 「もしかして、僕が知らないだけでクリスマスとペガサスは関係あるのかもしれませんよ」  ただ僕らが無知なだけで、本当ならペガサスとクリスマスは密接な関係があるのかもしれない。どっちも北欧っぽい感じするし。ただ、あまりクリスマスツリーにペガサスって見たことがないような気がする。 「どっちも“ス”で終わる言葉だしな、関係あるのかもしれねえ」  おっさんはそう言った。たぶんそれは関係ないと思う。  また無言になった。ペガサスを見るためにクリスマスツリーに近づいたことで店舗内に流れているであろうクリスマスソングが薄っすらと聞こえてくるようになった。それ以外は本当に静かだった。 「来ると思う? 飲み屋の女」  おっさんはポツリとそう言った。  電話の相手がペガサスを見に来るだろうか、という主旨の質問だろう。うん、絶対に来ない。「やっべ、ペガサス? いくいく」となる未来が見えない。そんな世界線はどこにも存在しない。けれどもそんなこときっぱり言えるはずもない。 「来るかもしれないし、来ないかもしれないですね」  これでは“シュレディンガーの猫”ならぬ“ペガサスの飲み屋の女”だ。めちゃくちゃ語呂悪いな。
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そして、ついに奇跡が起こった‼️
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