更新日:2023年05月15日 13:20
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クリスマスのおっさんに起きた奇跡、そしてペガサス――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第74話>

そして、ついに奇跡が起こった‼️

「そうかあ」  おっさんは遠い目をしていた。  おそらくだが、おっさんはペガサスと自分を重ね合わせたのではないだろうか。本来は関係性があるのかもしれないが、僕らの見解によるとクリスマスツリーにペガサスは場違いだ。きっとこれは何かの手違いだ。それはそのまま、このクリスマスに彩られた街に場違いな僕たちおっさんに置き換えられる。  今やおっさんとクリスマスツリーとペガサスの異空間と化したこのスペースも、ひとたび外に出れば冷気が渦巻き、それを慰めるようにクリスマスが躍る。その彩りにおっさんは不釣り合いなのかもしれない。そう、このツリーの片隅に居心地悪そうに佇むペガサスは、おっさんであり、僕であり、クリスマスとは無関係に生きるこの世のおっさん、あなたたちなのだ。 「クリスマスぐらい奇跡が起こってもいいのにって思うんですけどねえ」  僕がそう言うと、おっさんはまたペガサスをジッと見つめた。  その時だった。薄っすらとクリスマスソングが聞こえるだけのこの空間に、やけに軽快な音楽が響いた。 「飲み屋の女だ!」  おっさんが叫ぶ。飲み屋の女から着信がきたのだ。あんなに乗り気じゃない感じなのに、電話をかけてきたらしい。 「うん、うん、うん、ああ、へー、うん、そうそう」  おっさんが相槌を打っている。  クリスマスに奇跡が起こった。そう思った。わざわざ電話をかけてくるのだ、とんでもない奇跡が起こって飲み屋の女が「ペガサス!? いくいく」となったのかもしれない。  僕たちは無関係なペガサスではなかった。ちゃんとクリスマスをしていたんだ。  おっさんが通話を終えて、こちらに視線を投げかける。 「奇跡は起こりましたか?」  その問いにおっさんは深く頷く。奇跡は起こったのだ。僕たちはペガサスではなかった。 「今出かけようとしたけど、奇跡が起こって急にインフルエンザになったらしい。どうしても行きたかったけど、ごめんなさいって」  急にインフルエンザにはならないし、百歩譲って突如発熱したとしても、このスピードでは検査結果が出るはずもない。 「ま、こんなもんか。俺は別の飲み屋いくわ。お前は来るといいな、飲み屋の女」  そう言っておっさんは颯爽とガラス戸を開けて去っていった。吹き込む冷気とコンコースの喧騒だけを残して。  飲み屋の女じゃなくて打ち合わせなんだけどなーと思いつつおっさんの後ろ姿を見送った。  多くのおっさんは、恋人もなく家庭もなく、友人も捕まらなかったらクリスマスとは無関係なのかもしれない。もしかしたら赤や緑に彩られた街並みには場違いなのかもしれない。恋人たちの隙間を通り抜けてはいけないのかもしれない。幸せが溢れるこの街にいてはいけないのかもしれない。  けれども、それでも、僕たちはこの街を歩いて行かなければならない。このバツが悪そうにツリーに居座るペガサスのように。  おっさんの後ろ姿がどんどん小さくなっていく。その背中はやはり場違いだ。けれどもなんだかかっこよくも見えた。うっすらと羽が生えているようにすらみえた。  メリークリスマス。世界中のおっさんたちへ。小さくそう呟くと、それに答えるかのようにまたツリーの電飾が瞬き、ペガサスの飾りが少しだけ揺れたように見えた。 patoの「おっさんは二度死ぬ」<第74話>※次回は2020年1月7日配信になります。今年も当連載をご愛読下さいましてありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。(編集部) ロゴ・イラスト/マミヤ狂四郎(@mamiyak46
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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