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小泉今日子ら芸能人の“政権批判”が、どこか空虚な理由

 日頃、政治的な発言をほとんどしない日本の芸能人だが、思わぬところからの発言が話題を呼んでいる。  あの小泉今日子(54)が、辛辣な言葉で安倍政権を批判したのだ。4月22日、自身のツイッター(※)で“アベノマスク”に言及。カビの付着や虫の混入が見つかるなどした政府の不手際について、<汚らわしい嘘や狡は絶対に許されない。カビだらけのマスクはその汚らしさを具現化したように見えて仕方ない。>と、ツイートしたのである。
Kyon30~なんてったって30年!

デビュー30周年のアルバム『Kyon30~なんてったって30年!』(2012、ビクターエンタテインメント)

※アカウントは、小泉今日子が代表を務める「株式会社明後日」

日本では芸能人の“政治的発言”がなぜ悪目立ちするのか

 この批判の根っこには、あいまいなルールの中、行動を制限し、給付や補償の時期も定かにならない状況でも生活を維持しなければならないストレスがあるに違いない。それは、日本に暮らす全ての人が感じていることであり、特に、2月半ば以降、ほぼ身動きが取れないエンタメ業界の窮状は察するに余りある。小泉氏がいらだつのも当然だ。  もっとも、こうした発言がいちいちクローズアップされてしまうほど、日本の芸能人が政治的な発言を控える傾向にあるのも考えものだ。今回のような非常事態かどうかに関わらず、個人的には、もっと積極的にコミットしたらいいと思う  ところが、世の中の不満を代弁したかに見えた小泉氏のツイートに対して、共感の声がある一方で、意外にも否定的な反応が多く見受けられたのだ。「もっともらしい揚げ足取りや文句は誰でも言える」だとか、「芸能界だけが特権階級じゃない」といったネットユーザーからの反応からうかがえるのは、“あなたたち以上に、もっと苦しい思いをしている人たちがいる”という悲痛な叫びだ。  新型コロナウイルスの感染拡大以降、安倍総理の支持率は40パーセントを割り込んでいる。(2020年4月10~13日、NHK世論調査より)。“アベノマスク”問題に加え、学校の休校措置や給付金をめぐる迷走など、その対応に不安と不満を覚える国民も少なくないだろう。  小泉氏のツイートも、そうした一連の流れの中で受け入れられるはずだった……。  それなのに、小泉氏のツイートに反感を持つ人たちがいた。一体、どうしてなのだろうか?  小泉氏に限らず、政治的な発言をした芸能人が敬遠されてしまうのは、珍しいことではない。“そんな人だと思わなかった”とか、“政治とアーティスト活動は分けるべきだ”といった匿名の声によって、かき消されるのが常だ。

“いきなりどうしたの?”と引かれる唐突感

 筆者は、その種の良識を装ったネット言論に与するものではない。だが、その一方で、多くの芸能人が、そうした発言をする際の根拠となる自らの立場を明らかにしていないことも指摘しなければならないだろう。  政治的な思想なり態度なりを表明したことのない人が、大きな事件が起きると、いきなり権力を批判しだしたりするから、唐突感が否めないのである。  今回の小泉氏が、まさにそのケースだ。そもそも、彼女がこれまでに何らかの政治的な態度を表明したという話を聞いたことがない。だから、“いきなりどうしたの?”と思われてしまうのではないか。それまでのノンポリな姿勢と、今回の言葉の強さ(「汚らわしい嘘や狡」)のギャップに戸惑ってしまうのだ。
株式会社明後日

代表を務める株式会社明後日 の公式サイト。小泉今日子の舞台も中止になった

 この唐突感を裏付けるのが、小泉氏がSNS上で共感を寄せる政治家である。たとえば、生活に困った人たちの電話相談にのる山本太郎氏(45)や、エンタメ業界への休業補償を訴える共産党の志位和夫委員長(65)に、老人ホームに医療機器を送り届けるニューヨーク州のクオモ知事(62)の話をリツイートしていた。  もちろん、山本氏、志位委員長、クオモ知事の行動は称賛に値する。しかし、彼らに共感することは、道徳的な正しさに胸を打たれる心情の問題であって、本気で安倍内閣に代わって、彼らに政権を任せたいと考えるのとは、全くフェーズの異なる話だ。  つまり、「汚れた」内閣の代わりとなるべき、望ましい権力の絵図を描けないままに、政権を“口撃”することで心のモヤモヤを解消している欺瞞に見えてしまう。ここに、小泉氏の発言への違和感があるように思うのだ。
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米国エンタメ界での政権批判との違い
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