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<純烈物語>コロナ禍の後上翔太は“2日目の休み”に違和感を覚え「やるしかない」に向き合った<第71回>

純烈_後上翔太

6月23日「お台場 大江戸温泉物語」無観客ライブでの後上翔太

<第71回>違和感と「やるしかない」に向き合った後上翔太の2020年

 後上翔太にとって、コロナ禍に見舞われたこの一年をひとことで言い表すと「違和感」になるのだという。本来進んでいくべきだった日常とは違う風景であるとともに、どこかで体感したようなデジャヴ感も混在し「何これ?」と思う中で世の中がどんどん変わっていった。  今年は2018年の紅白歌合戦初出場あたりから積み重ねてきたことの延長線上として、より規模が大きいことにチャレンジできる、これまでで一番多くの人々にも出会える……2020年を迎えた時点では、後上自身もそんな期待を抱いていた。不安など何もなく、やり甲斐と楽しみしかなかった。 「2月に最後の有観客ライブをやったあとから、降って湧いたような休みが入るようになった時の違和感が最初でした。去年までは350日仕事が入っていて、その中でわずかに迎えられた時間だったのが、急に訪れた時のなんだこれは?感。もちろんコロナの影響という理由はわかるんですけど、その時点ではまだどれほどのものなのかが世に伝わり切っていなかったので、頭の中の理解が追いつかなかったんでしょうね。  そんな小さな違和感が休み2日目にちょっと大きくなり、そのうち『これ、どういうこと?』になり、日数を重ねていく中で『今までと全然違うじゃん!』になっていった。そこで思ったのが、デビュー当時の何もなかった時のことだったんです。あの頃は、暇というか仕事がない中で時間を過ごす自分がいて、こんな毎日だったよなあって思ったんですけど当然、同じようでいて状況はまったく違う。その違いによって現実感を把握しました」  毎日家で過ごすのは売れなかった頃と同じ。ただ、十数年前はお金がなくて出歩けなかったのが、今回は外にいくと他者に迷惑がかかるかもしれないという深刻な理由に変わった。  最初のうちは違和感を覚えたものも、時間が経つにつれそれが当たり前になっていく。そこで後上の中にある「なんだろう?」が不安に姿を替えていった。

「やべえ、俺なんにもできねえ!」

 純烈としてステージへ立つことができなくなり、今までとは違う流れの仕事をやらなければならない。じゃあ自分は何ができるかと考えたところ「やべえ、俺なんにもできねえ!」となった。  他のメンバー3人には“芸歴”があるのに対し、後上は人生初の就職先が純烈だった。もちろんそれがキャラクターや立ち位置として認知されているが、これまでの活動とは別の何かと向き合う必要に迫られたところで、改めてその現実に直面したのだ。  ただ、ライブもできなくなった代わりの仕事すべてが役者的なものではない。何をやるかはオファーする側が決めること。  そこに関しては「やるしかない」の姿勢で固まっていた。いや、それは右も左もわからぬ芸能界へ引きずり込まれた時からずっと同じだ。 「不安になったところで、考えても仕方がないというのがありました。呼んでもらわなければそれこそデビュー当時と同じで何もないけれど、呼んでいただけて『これをやってください』と言われれば“これ”がある。ただ、僕にはその“これ”が何もないわけで、だったらそこで自分を『やるしかない!』に仕向ける。それだけでしたね。  だからありがたいことに、不安で頭を抱えるまでにはならなかった。抱える前に声をかけていただけた。あそこでたとえ仕事がまったく途絶えたとしても頭を抱えることはしなかったと思います。それって『なんで俺、空を飛べないんだろう』って悩むようなものじゃないですか。昔から都合よく解釈するところが僕はあるんですけど、無理なものはどうあがこうが無理。それもデビュー当時に思ったことだったんです」  合理的な性格と、純烈の人間として培ってきたやるしかないの精神によって、後上は不安を塗り潰せた。この期間中、ドラマ以外の仕事としてNHKの時事問題生番組で中東情勢や香港の民主化についてコメントを求められ、クイズやカラオケ番組にも出演。  未経験のジャンルだから準備が必要となり、家にいても意識がそちらに注がれ、何もやることがないとはならずに済んだ。そのつど、向き合えるものがあったのは、ありがたかったと後上は噛み締める。
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末っ子は末っ子で、表に出ないところで闘っている
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