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有名ラーメン店のロゴ。その制作秘話をラーメンイラストレーターに聞いた

青木健

100店舗以上のラーメン店を手がけたラーメンイラストレーターの青木健氏

 職業というものは世の中に星の数ほどある。青木健氏の職業は「ラーメンイラストレーター」とでも言おうか。ラーメン店のロゴやTシャツのデザインばかりを手がけ、生業としている。世界唯一の職業であろう。そんな青木健さんに、ニッチすぎる職業をはじめたきっかけや、仕事へのこだわりを聞いた。

ミシュラン初のラーメン店のロゴも手がける

 ラーメンイラストレーターという言葉はなかなか耳慣れない言葉です。青木さんはこれまでどんなお店の仕事をされてきたんでしょうか。
ムタヒロ

ムタヒロのロゴ

「たとえばラーメン凪のロゴデザインですね。それと、ラーメン店としてミシュランで初めて星をとった蔦のロゴも僕のデザインです。ロゴデザインに限らなければ100店舗以上のデザインに関わっています。その他ですと、同じくミシュラン掲載の金色不如帰ですね。元々の店名である不如帰という文字を書いた人が外国の方だったんですが、『金色』をつけるときにその人には発注できないというので、元の文字を踏襲しながら『金色不如帰』というデザインをつくりました。あとは、多摩地区の方ならよく知ってくださっているお店でムタヒロのロゴも僕です」

小学校の恩師と安西水丸氏の一言がイラストレーターの道を開く

金色不如帰

金色不如帰のロゴ

 青木さんが絵やデザインに興味を持ち始めたきっかけを教えてください。 「子供の頃から競争が嫌いで、勉強も運動も苦手でした。競争しなくていいのが図工とか美術だったんです。絵だと『元気があってよろしい』っていう評価もありじゃないですか。でも、算数で元気があってもしょうがないですもんね(笑)。昆虫が好きで、昆虫を絵に描いてましたね。実際描いていて、カブトムシよりクワガタの方がかっこいいなと思ったり、クマンバチよりアシナガバチが綺麗だなって思ったりしてました」  では、子どもの頃から絵を描くことを仕事に……と思っていたのでしょうか。 「小学校3年の時の先生が面白い女性で、文集を作るときに僕を放課後残してくれて、文集のイラストを担当させてくれたりしたんですよ。家にも連絡してくれて、夕食も出してくれたりして。その先生が、編集者でありアートディレクターで、僕がそこからの発注を受けるデザイナーだったわけですよ」  自分で勝手に好きなものを描くのと、発注されたものを描くのでは取り組み方が違いますね。 「その先生が、うまいことのせてくれたんですよ(笑)。それから、日本大学芸術学部に入るんですけど、留年したんですね。でもそのおかげで、村上春樹さんと組んでお仕事をされていた安西水丸さんの授業を受けられるようになったんです。安西先生が『君なら、イラストレーターになれるよ』って言ってくれて……今に至るわけです」
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「凪」との出会いからラーメンイラストレーターに
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