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“孤高の鬼才”門田博光が振り返る野村克也との関係「確執とかそんな単純なもんやない」

野村を“おっさん”“19番”と呼び続ける門田

門田博光

打撃指導をする若き日の野村(左)と門田(右)。「大振りをやめろ」という助言を無視し、門田は2年目にして打点王に輝いた

 監督として、4番として、捕手として。文字通りチームの要を担っていた野村が球団を去る間際、餞別の連絡を入れたのは、衝突の絶えなかった門田だけだったのである。こうして監督と選手、3番4番というクリーンナップの関係は8年間で終止符が打たれた。 「あのおっさんはロッテ、西武に行って’80年に引退したけど、その後の講演でようけ儲けたらしい。講演で話した内容は、俺や江夏、江本の悪口ばっかりらしい。それで田園調布に家を建てたんだから。たまったもんじゃないよ」  今もこう嘯き、野村を“おっさん”“19番”と呼び続ける門田。そこにあるのが、憎悪や恩讐ではなかったのならば……憧れと嫉妬が入り交じった、弟が兄に抱くような血が滾る情念だったのではないだろうか。  しかし、野村との関係はここで終わったわけではなかった。(第2回に続く) 【門田博光】 ’48年、山口県生まれ。左投左打。’69年にドラフト2位で南海ホークスに入団。2年目にレギュラーに定着し打点王を獲得。’81年には44本の本塁打を放ち初の本塁打王を獲得した他、晩年も打棒は衰えず40歳にして本塁打王、打点王を獲得。「不惑の大砲」と呼ばれた <取材・文/松永多佳倫 撮影/荒熊流星 写真/産経新聞社>
1968年生まれ。岐阜県出身。琉球大学卒。出版社勤務を経て2009年8月より沖縄在住。最新刊は『92歳、広岡達朗の正体』。著書に『確執と信念 スジを通した男たち』(扶桑社)、『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』(KADOKAWA)、『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『偏差値70の甲子園 ―僕たちは文武両道で東大を目指す―』、映画化にもなった『沖縄を変えた男 栽弘義 ―高校野球に捧げた生涯』、『偏差値70からの甲子園 ―僕たちは野球も学業も頂点を目指す―』、(ともに集英社文庫)、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『史上最速の甲子園 創志学園野球部の奇跡』『沖縄のおさんぽ』(ともにKADOKAWA)、『マウンドに散った天才投手』(講談社+α文庫)、『永遠の一球 ―甲子園優勝投手のその後―』(河出書房新社)などがある。

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嫌われた“球界の最長老”が遺したかったものとは――。


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昭和のプロ野球界を彩った男たちの“信念”と“生き様”を追った渾身の1冊

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