そして、桜樹ルイさんの裏ビデオを購入する基金を立ち上げた
この失敗を経験し、藤井の桜樹ルイさんに対する欲求は大きな高まりを見せた。もう抑えが効かないところまできていた。そこで「桜樹ルイさんの裏ビデオを購入する」という決意に繋がるのだった。
この頃は、家のポストにめちゃくちゃ雑に印刷された裏ビデオ販売のチラシが投げ込まれることがよくあった。といっても、ファミリーが住むような一軒家に投じられることは少なく、主に独身男性が住むアパートなどに投入されていた。どうやら藤井は近所のボロアパートに投げ込まれたチラシをどういうルートなのか不明だがなんとか入手してきたらしい。
このチラシが見るからに怪しく、ほとんど判別がつかない荒さで実際の裏ビデオの画面が印刷されていた。値段設定もよくわからない雑さがあって、1本が2,000円、10本買うと10,000円と大幅にプライスダウン、12本になると14,000円になるという、急に値引きがなくなる謎な設定だった。しかも、1本2,000円と銘打っているくせに注文は10本からという強固な姿勢で、だったら1本2,000円という表記は必要ないよねと言うしかなかった。
これはチマチマと2,000円のやり取りをしていても業者的には手間ばかりかかって利益が少ないのだろう、最低でも10,000円からというのは妥当な線かもしれない。ただ高校生の僕らにとっては妥当ではなかった。やはり10,000円はかなりの金額だ。おいそれと用意できるものではない。
結局、有志一同で桜樹ルイさん基金みたいなものを結成することとなった。早い話、興味がある連中での共同購入だ。購入に関する手続きは藤井が担当することとなった。現代のようにネット通販でポンという時代ではないので、現金書留を使ったりしてとにかく面倒くさかったらしい。
おまけに、注文した裏ビデオがいつ届くか分からなかった。下手な時間に届いて母親が受け取り、開封しようものなら全てが終わる。藤井の苦悩が続いた。宅配業者や郵便配達員が来る時間帯を入念に調査し、その時間帯は玄関で待機するという日々が続いたのだ。想像を絶する苦行だ。彼はそこまでして桜樹ルイさんの裏ビデオが観たかったのだ。
ついに待ち焦がれたビデオを再生。そこに映っていたのは……
何週間かして、興奮気味の藤井から連絡が届いた。ついに裏ビデオが届いたらしい。怖くてまだ開けていないんだと訳のわからないことを言っていたけど、そこでもう一つの問題が浮上した。この届いたビデオ、桜樹ルイ基金に出資したメンバー全員で鑑賞する必要があるのだ。抜け駆けで見ようものなら出資した投資家たちが黙っちゃいない。絶対に全員で鑑賞しなくてはならない。それには10人程度が鑑賞でき、絶対に親にばれない環境が必要だった。
そこで白羽の矢がたったのが我が家だった。我が家は自営業だったので倉庫兼、事務所みたいな建物が家から離れた場所にあった。休憩できる和室もあったので、ここなら親父が仕事に使わない時を狙えば10人で鑑賞できる。きっと投資家たちも大満足だ。
そこからは僕の奮闘が始まった。父親の仕事の予定を調べ上げ、空いている日に友達とテスト勉強するから和室を使うと高らかに宣言。重いテレビデオを担いで事務所まで持っていった。そしてついに鑑賞会を迎えた。
藤井が未開封の包みを自由の女神みたいになって高らかに掲げる。投資家たちから歓声があがる。10本のVHSビデオを包んだ茶色の包み紙はけっこうな迫力があった。
「ここに桜樹ルイさんがいます」
そう言葉にした藤井の声は少しだけ震えていた。よほど嬉しかったのだろう。
10本のビデオのうち桜樹ルイさんものは1本だけで、そのほか9本は頭数合わせに投資家たちで厳選してチョイスしたものだった。投資家たちはどうやら桜樹ルイさんが目当てというよりも自分たちがチョイスした作品のほうが気になるようだった。
けっこう荒々しく包み紙を破ると、綺麗に5本ごとに輪ゴムでくくられたVHSビデオが登場してきた。「おおー」とまた歓声が上がる。黒光りしたVHSテープが妙に神々しかったのを今でも覚えている。
「再生の前に間違って録画しちゃわないように爪を折っておくね」
藤井はすぐにテープ上部の爪の部分をバチンバチンと折った。こうすることでこのテープに録画できなくなり、再生専用となる。よほどTVおじゃマンボウがトラウマらしい。
「いよいよ再生するよ」
また藤井が声を震わせた。そして「桜樹ルイ」とめちゃくちゃ下手くそな字で書かれたラベルのテープをセットする。テープはスッとテレビデオ上部のデッキ部分に吸い込まれていった。
いよいよ桜樹ルイさんの裏ビデオがここに。僕と藤井、そして投資家たち、それぞれがそれぞれの想いを抱えてテレビデオの画面を凝視する。画面の右上に荒いフォントで「再生」と表示され、画面が青くなる。くるっ!
「冬を迎えた蔵王ではあたり一面が雪景色になり」
延々と蔵王の雪景色が映し出されていた。
「蔵王だ……」
そう言った藤井の声はやはり震えていた。
テキストサイト管理人。初代管理サイト「
Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「
おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(
@pato_numeri)
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