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言葉を失うほどの衝撃をシェアしあうLINEグループ「絶句会」で言葉を失った話

そこには想像を絶する言葉が記されていた

無題519 散らばった紙は髪型カルテだった。おそらく山寺さんの髪形カルテをファイルに片付けようとしていたのか、山寺さんと同じ苗字、つまり山寺たちの髪形カルテが散乱していた。これも山寺、これも山寺である。結構な個人情報なのでなるべく内容を見ないようにしつつ拾い上げる。そこで「でも自分のやつなら見ていいだろう」という気持ちが沸き上がったようだ。  たぶん「無口」とか「会話は苦手」とか書かれているんだろう、それはそれで見てみたい。ワクワクしながら髪形カルテたちを拾い上げる。そして、ついに自分のカルテを見つけた。  ぜったいに「無口」とか「会話は苦手」とか「静か」とか書かれているに違いない。ワクワクしながら会話内容の欄を凝視した。 「屍」  いやー、屍とはね、おれ、死んでるじゃん。さすがの俺もこれを見たときは言葉を失ったわ。  こうして山寺さんの報告が終わる。僕ら絶句会のルールはただ一つ、このように「言葉を失ったわ」で報告を締めることだけである。  「それでは次はわたくしが」  次に報告をはじめたのは門田さんだ。  門田さんは新幹線に憧れる男だ。といってもそれは一般的な新幹線ではなく、東京競馬場の新幹線だ。  競馬場ときくと大人の社交場のようなイメージを持つかもしれないが、意外とファミリー向けの設備が充実している。東京競馬場においては子供向けの遊具が充実している。なかでも内馬場内の一角は完全に子供向けゾーンになっており、大型遊具はもちろん、無料で乗ることができるミニ新幹線が設置されている。休日に家族で楽しむことも可能な場所なのだ。  当然、ミニ新幹線は大人気で子供たちが列をなしている。門田さんはその新幹線に乗りたいと熱望しているけど、さすがに子供向けだし、子供に混じって並ぶのも恥ずかしい。そもそも大人単独での利用ができない(大人は子供の付き添い時のみ乗車可)。門田さんは子供がいるけど、もう反抗期を迎えるかといった年齢だ。とてもじゃないがミニ新幹線どうこうではない。それでもいつかミニ新幹線に乗りたいと野望を燃やしているのだ。 「スーパーで買い物していたんだけど」  門田さんはけっこう山深い田舎に住んでいる。馬券が買える場所まで出てくるのに1時間30分くらいかかる場所と言っていた。そんな田舎町にも大きなスーパーがあり、全町民がそこで買い物しているレベルで繁盛しているらしい。  門田さんはレジに並んでいた。このスーパーのレジはいつも混んでいる。しかし、都会の殺伐としたそれとは違い、アットホームな雰囲気が流れているそうだ。店員のおばさんと前の客が知り合いだったようで、いきなり雑談が始まった。

途中まではよくある田舎トークだったが……

「あら、久しぶりじゃない」 「そうなのよー、ちょっと泊りがけで息子のところに行っていたの」  とりとめもない会話だ。都会だと「早くしろ」と後ろの客から怒号が飛びそうだが、ここではそんなことはない。よく見られる風景だ。 「あらー、息子さんだいぶ大きくなったんじゃないの」  レジのおばちゃんの言葉に、客のおばちゃんがなぜかドヤ顔で言い放った。 「大きくなったもなにも、さっきあなたがレジをした男が私の息子よ」  どうやら一緒にスーパーに来たけど別々に会計をする必要が生じたみたいで、おばちゃんの息子はその前にレジを済ませていたらしく、サッカー台で袋詰めを行っていた。 「うっそ、あれ息子さん!?」 「そうなのよー、おほほほほ」 「大きくなってー、ぜんぜん気づかなかったわ。ぜんぜん気づかなかった」  レジのおばちゃんがそんなに驚かんでもいいだろと言いたくなるレベルで驚いていた。 「それじゃーねー」  息子を伴ってさっそうとレジを離れる客のおばちゃん。レジのおばちゃんは息子だと気づかなかったことがよほど衝撃だったようで、客がいなくなっても「ぜんぜん気づかなかった。ぜんぜん気づかなかった」と、うわごとのように連呼している。  門田さんはいよいよ自分の順番が来たと前進し、買い物かごをレジに置いた。すると、レジのおばちゃんが突如として話しかけてきた。
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当然のようにボールを投げられた門田さんの困惑
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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