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言葉を失うほどの衝撃をシェアしあうLINEグループ「絶句会」で言葉を失った話

さらにイキり大学生集団が始めたのは、なんと……

 最初に並んでいたリーダー格がレジを終えると 「雪乃!」  と声を上げる。  次に並ぶ、かんぴょうみたいな髪形をした大学生がレジを終えると、 「お誕生!」  次のツーブロックが 「日」  なぜお誕生と日を区切ったのか分からないけど、こうやって少しずつ祝の言葉を述べてリレーしていくようだ。 「ちょっとやめてよ」  と、絶対に先輩店員に怒られるやつなので、雪乃ちゃんも恥ずかしそう言うのだけど、大学生たちは止まらない。まあ、別にレジ後に一言いうくらいならそんなに邪魔にならないしいいんじゃないの、手が冷たいから早くして欲しいけど、と静観していたらとんでもないことに気が付いた。そう、僕、この列の中間に並んでいるのだ。前後は同じグループなのだけど、明らかに僕だけ部外者だ。 (この流れ、もしかして俺も何か言わなきゃならないのか) (俺だけスルーしたら盛り下がるのかな) (そもそもなんで俺を挟んでいるのにはじめるかな) (でもこの調子でいったら前に一人だけだし「おめ」で区切ってくれれば「でとう」くらいなら言える。頼む、「おめ」であってくれ!) (手が冷たい) 様々な思惑が交錯する中、いよいよ僕の前に並ぶキノコみたいな髪形をしたやつの順番がやってきた。たのむ、「おめ」で区切ってくれ!

そして全ての言葉は失われ、誰もいなくなった

「おめでとう! 雪乃と出会ったのは」  急に長くなるな。そして話を展開させるな。お前らが出会った場所なんかしらねえよ。 (どうせキャンパスのどこかだろ) (おそらくこいつらサークル仲間とかだから、サークル勧誘のときとかじゃないか) (この近くの大学だからあの並木道か)  ホルモン鍋の会計が終わる。そこで勇気を出して言葉を告げた。 「並木道」  僕の言葉に大学生たちが騒然となった。雪乃も騒然となった。別の店員も騒然となっていた。 「あのおっさん並木道っていった?」 「なんであのおっさん割り込んできたの」 「頭おかしいんじゃない」  ヒソヒソとそんな声が聞こえる。割り込んできたんじゃない。僕が並んでいる前後でお前らが勝手に始めたんだ。 「本当に言葉を失いましたよ」  こうして僕の報告が終わる。これで今月も絶句会の定例会は終わりだ。グループを閉じようとしていると山寺さんが発言した。 「実はさ、もうこの絶句会っての抜けようと思う。エピソードの準備が大変だし、時間を合わせるのも大変だ。言葉を失った体験を共有する大切さもわからない」  そう言い残してサクッとグループから退出してしまった。 「おれもおれも、ずっとタイミングをうかがっていた」  そう言い残して門田さんも退出した。  僕しかいなくなった絶句会のライングループ。言葉を失う体験の重要さが彼らに伝わっていなかったことに呆然とするしかなかった。本当に言葉を失った。 文/pato
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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