更新日:2022年03月30日 17:25
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自国のために体を張ったゼレンスキーのリーダーシップ

3月23日、ロシアから侵略を受けるウクライナのゼレンスキー大統領が日本の国会で、リモート演説を実施した。米連邦議会の演説では真珠湾攻撃について言及する場面などもあったが、今回の演説は日本の国民感情に配慮したソフトな内容で共感を集め、絶賛されている
鈴木涼美

写真/産経新聞社

ニッポンのおじさん接待

人生で2軒目に勤めた飲み屋は、横浜の弁天通りにあったヤクザ者の集まる小さなクラブで、ちょっと疲れた美人という雰囲気のママが仕切っていた。彼女の口癖だったのが、「人の死ぬところを見たことない男はダメよ、色気がない。戦前生まれの俳優は色っぽいでしょ」。 ちなみに、その前に勤めていたキャバクラのマネジャーは、「男は初めての男になりたい。お前ら処女じゃないだろうから、せめて何かは初めて、って思わせろ」と、オスカー・ワイルドの応用みたいなことを言っていた記憶がある。 ロシアの侵攻を受けたウクライナのゼレンスキー大統領が欧米各国に続き日本の国会でもリモート演説をした。弁天通りのママの定義では申し分のない色気で、日本にとって(国会でリモート演説した外国の元首という意味で)初めての男でもある同大統領の演説は、私が7年弱の夜職経験で学んだおじさん接待の心得を余すことなく詰め込んだものだった。 キャバ嬢のサシスセソにのっとって、さすが(アジアのリーダー!)、知らなかった(日本にこんなに強めの制裁できるなんて)、すごい(復興のスピードも反戦の姿勢も!)、センスある(日本の文化はウクライナでも人気!)、尊敬しちゃう(アジアで最初にロシアに制裁を始めてくれてありがとう! 何度も言うけどさすがアジアのリーダー!)など、ニッポンの心をくすぐる。 そしてAVで言えばモザイク、風俗で言えば着衣、キャバクラで言えば焦らし話法のように、露骨な表現を嫌い、さりげなくにおわせる色香に反応する性質に対して、原発やサリン、津波など、ニッポンに暮らす人がその痛みを共有する単語を、別の文脈に差し込んだ。 「他の店に浮気したでしょ!」という嫉妬か、萌えキャラ系のボイスCD以外では、一切のおしかりを受け付けない、極度に批判に弱いキャラも理解して、ドイツで顕著だったような、反省を促すスタイルは取らなかったし、侵略と敗戦の歴史をこすられることもなかった。 たかだかボトルを引き出すためにそれらの知識を駆使するキャバ嬢なら、手練手管ですね、で終わるが、彼の引き出そうとするロシアへの経済制裁などの協力と支援は、自国の歴史そのもの、そして市民一人一人の命を蹂躙から守るためにある。 自国に利するなら、得意分野でいくらでも体を張る姿は、失言しないだけで精いっぱいの口下手政治家しか知らないニッポン市民たちに、リーダーシップというものを考えさせた。 米英独に比べれば無難な内容だったとはいえ、軍事的な協力が期待できない日本にまで(リモートだけど)わざわざ出向いて専用の演説をする姿勢は、東の端っこにあって世界から遠く、来日公演とかいう響きに非常に弱い、しかも店舗型風俗がつぶれるほど嬢が出向いてくれるデリヘルが好きなニッポンの心に残った。 ブレーンも含めて、ニッポンの性質を分析したのだろうが、おそらく誰にも不快感のないスピーチで、国会は“まるで式次第で予定されていたかのように”スタンディングオベーションでたたえた。 私は自由と民主主義のために侵略者と戦う人間の姿にかすかな希望を抱きながら、「アジアのリーダー」という言葉がこんなにも空々しい響きを持つことと、分析されたニッポンの性質が、キャバクラに通うおじさんそのものだったことにかすかに絶望もした。 ※週刊SPA!3月29日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

おじさんメモリアル

哀しき男たちの欲望とニッポンの20年。巻末に高橋源一郎氏との対談を収録

週刊SPA!4/5号(3/29発売)

表紙の人/ 江籠裕奈

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