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僕が人生で初めて経験した、純粋で聖なる”祈り”のお話

僕はようやく悟った。「祈り」の真髄を

「実はですね、オプションなんですよ」 「オプション?」  風俗店には正規のプレイに付加してつけるオプションプレイというものが存在する。オナニー鑑賞+3000円というオプションを突ければ、別に3000円かかるけど正規のプレイに加えてオナニーを鑑賞させてもらえるようになる。自分好みにオプションをトッピングして性癖にマッチしたプレイを楽しもうというやつだ。 「なぜか、聖水大噴火+5000円というオプションがあったんですよ」 「せ、聖水大噴火ですか……!?」  聖水とは、一般的には聖なる水のことを差すのだけど、風俗店ではガラリと意味合いが変わり、おしっこのことを指すようになる。よく考えるとここまで意味合いが変わる言葉もすさまじいものがある。そして、それが大噴火とはいったいなんなんだ。 「なんなんですか、聖水大噴火って」 「気になるでしょ。普通の聖水のオプションもあって+2000円なのに聖水大噴火は+5000円ですよ! どんな聖水が見られるのか。ワクワクしてくるじゃないですか」  たしかにワクワクしてくる。 「それで意気込んでメロディアスちゃんを呼んでね、聖水大噴火を頼んだんですよ。そしたら、そんなオプションはない、メロディアスだってどんなオプションか知らない。たぶん店の人がノリで設定したんでしょ。まさか頼む人がいるなんて思わずにって言われちゃいましてね。とにかく店に確認しろの一点張りなんですよ」  メロディアスちゃん、自分のことメロディアスって呼ぶんだ、と妙なとこに感心してしまった。  それはともかく、話を聞くと、店側も聖水大噴火なんてよくわかっておらず、オプションが多彩にあるように見せたいな、どうせ頼む奴いないだろうし適当に書いておくか、と設定した感じなんですよ。まあ、よくあることですよ。 「それで、メロディアスちゃんにもどういうことかって問い詰めたし、店にも電話して、俺は聖水大噴火のために呼んだんだけどどういうことって問い詰めたら、対応するのが面倒になったんでしょうね。電話を叩き切られて、そのまま出禁にされちゃったみたいなんです」  わかる。そうなったときの岡本は面倒くさいもんな。出禁にした店の人の気持ち、わかる。

僕はかつて、これほどまでに純粋な祈りの境地に達したことはなかった

「とにかく、聖水大噴火はもういいので、なんとか出禁だけ解いてもらえるようにお店に交渉してみます」  岡本は前向きだった。 「そうですか。僕も岡本さんの出禁が解かれるように祈っています」  僕もそう告げる。  そう言葉にして初めて気が付いたのです。これこそが純粋に他人のために祈る行為だと。なぜなら、岡本が引き続き出禁にされようが、出禁が解かれようが、聖水大噴火が存在しようが、僕の感情はまったく動かない。どうでもいいからだ。それでも僕は岡本の出禁が解かれるように祈っている。これこそが見返りのない他者への祈りだ。  そして気が付いた。  自分のために祈るのではなく、誰かのために祈る。それこそが本当の祈りだ。そうすればその祈りはきっと届く。  冒頭のこの言葉は大いなる矛盾を含んでいるのだ。なぜなら、本当に純粋に、一切の感情的な見返りがない他人への祈りは、届こうがどうなろうが一切どうでもいいのだ。岡本が引き続き出禁でもどうでもいい。  この言葉は「そうすればきっと届く」という言葉で結んでいる時点で、「届いて欲しい」という前提がある。それは感情的な見返りが存在するからで、その時点で純粋な他者への祈りではないともいえるのだ。  他者への祈りであってもほとんどの場合は自分への祈りを含んでいる。逆を言えば、自分への感情的見返りがないことにはほとんど祈らない。それは、自分の感情が動かない事象に対する無関心に繋がるのだ。この世の祈りとは、ずいぶんと不公平な側面もあるのだ。  今日も僕らは何かを祈る。そして、そこにある感情的な動きと無関心を僕らはもっと知るべきなのだ。  あとは、この記事を読んだ風俗識者の人が「聖水大噴火しっているよ」とその内容を教えてくれることを祈っている。これは完全に知りたいという自分の欲求を満たすための欲望的な祈りだ。 <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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