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「こんな人じゃなかったのに」外面が良い人が、結婚後に豹変してしまうワケ

「外の人間には優しいのに、なぜ私には辛く当たるの?」

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「なんでそんな人と一緒になったの?」それを聞きたいのはこっちである……今回は、そんな事例を解剖

 DV・モラハラ加害者が、愛と配慮のある関係を作る力を身につけるための学びのコミュニティ「GADHA」を主宰しているえいなかと申します。  多くの加害者と関わっていると「パートナーからこんなことを言われた」という言葉が共通していることが少なくありません。  その1つが「どうして外ではできるのに、私にだけ共感や寄り添いができないの?」というものです。職場や友人、時には実家の家族も含めて、「外」では問題なく振る舞うのに、なぜ「私にだけ……」と、能力があるのにそれを活用しないことへの怒りや悲しみを示されることがあるのです。これは、男女問わず起こり得ることです。  今回はこのよくあるセリフの背景に迫りたいと思います。  

なぜ「内側」になると気遣わなくなるのか

 疲れている時にお茶を入れてくれたり、どこか外出する時には率先して計画を立ててくれたり、しんどい時には話を聞いてくれていた人が、なぜ……。  仕事では気配りもできて、取引先からの信頼も厚い。中には、そんなところに惚れて結婚までしたというのに、家庭の中では全く気配りをせず、自分のことばかり……そんなふうにパートナーにがっかりされてしまう人は少なくありません。  そういう人には「付き合っている間」は、とてもケアができる人だったのに、「結婚してから」や「子どもができてから」徐々にケアをすることをやめていってしまう人もいます。  色々なパターンがありますが、今回はそのうちの1つのパターンに絞って述べていきます。それは「関係が終わらないものだと考え、甘え始めた人」というパターンです。 「甘え」とは一言で言うと「相手は自分をケアする責任があるが、自分にはない」と考えることです。これは、他者と中長期的な関係を築く上でもっとも破壊的な考え方だと言って良いでしょう。  赤ちゃんと親の関係とも言えますが、それと決定的に異なる点がいくつかあります。最も重要なことは、親は赤ちゃんに対して一定の片務的な責任を持ちますが、パートナーシップはそうではなく相互的なものであることです。
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職場では甘えていない、ということ
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DV・モラハラなど、人を傷つけておきながら自分は悪くないと考える「悪意のない加害者」の変容を目指すコミュニティ「GADHA」代表。自身もDV・モラハラ加害を行い、妻と離婚の危機を迎えた経験を持つ。加害者としての自覚を持ってカウンセリングを受け、自身もさまざまな関連知識を学習し、妻との気遣いあえる関係を再構築した。現在はそこで得られた知識を加害者変容理論としてまとめ、多くの加害者に届け、被害者が減ることを目指し活動中。大切な人を大切にする方法は学べる、人は変われると信じています。賛同下さる方は、ぜひGADHAの当事者会やプログラムにご参加ください。ツイッター:えいなか

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