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世間では無用と思われるものだって、人の心を打つことがある

ファミコンが欲しい虎さんと、お兄さんの秘密の暗号

 せっかくお兄さんが、桐さんの誕生日の贈り物をくれるというのに、このままではファミコンを貰えなくなってしまう。虎さんは考え抜いた。そしてあることを思いだしたのだ。  ずいぶん前のことだが、お兄さんが家にやってきたとき、ファミコンの話をしていたのだ。そのときお兄さんは「ファミコン、白菜みてえだな」と悪態をついていたのだ。お兄さん曰く、ファミコンボディの白色が白菜を連想させるとのことだった。父親に負けず劣らず、その弟であるお兄さんもけっこう危険が危ない。 「白菜が欲しい!」  虎さんはそう告げた。聡明なお兄さんのことなので、むかし言った「ファミコン、白菜みてえ」という言葉を覚えているはずだ。横文字が使えない自分がファミコンが欲しくて白菜を欲している、そう悟ってくれるはずなのだ。 「お、白菜か。ああ、白菜ね」  お兄さんは、わかったぜ、とウィンクしたあとに笑顔を見せた。伝わった。ニュアンス的に絶対に伝わったと確信した。これで我が家にファミコンがやってくる。虎さんの胸の鼓動が早まったのを感じた。  世のクリスマスの子どもたちはこんなにもワクワクしているのか。虎さんは経験したことない興奮に胸を高鳴らせていたのだ。  いよいよ桐さんの誕生日となった。虎さんに贈り物が届いた。 「おーい、玄関になにかあるぞ」  父親の声に虎さんが飛び起きる。階段を駆け下り玄関へと向かう。 山盛りの白菜があった。  玄関に板が敷かれ、その上にどっさりと白菜が置かれている。うずたかく積まれた白菜を見て虎さんは思った。 「あいつ馬鹿だろ」

あの察したぜ、みたいなウィンクは何だったんだ

 どこの世界に、本気で桐さんの誕生日贈り物に白菜を欲しがる子どもがいるというんだ。あの察したぜ、みたいなウィンクは何だったんだ。この山盛りの白菜をどうするんだ。様々な思いが脳内を駆け巡り、虎さんは号泣してしまった。  それからしばらく、虎さんの家では白菜だけの鍋が続いたらしい。 「白菜は美味いけどさあ。こうやって見るとあのガッカリを思い出しちゃうわけよ。たぶん、俺の人生であれよりガッカリしたことはないかな」  虎さんは遠い目をしてそう言った。  誰の琴線に触れることもなく、無用な物だと思っていた白菜入荷しましたのパネル、けれどもこうして琴線を震わせる人もいるのだ。  その日、エヴァの初号機が大暴走した僕は大勝利をおさめ、出玉の一部を白菜に交換し、虎さんにプレゼントした。 「桐さんの誕生日も近いですしね」  そう言って白菜を差し出すと、虎さんは笑った。 「僕らもあの白菜のパネルみたいに、無用だと思われててもどこかで誰かの魂を震わせたいですね」  僕の悪い癖なのだけど、ちょっといい感じのことを言ってなんとか一連の会話に意味を持たせようとする。虎さんはそれを聞いて笑った。 「メリークリスマス」  虎さんは白菜を抱えながらけっこう流暢な横文字でそう言った。 「メリークリスマス」  クリスマス装飾が施された店内、エヴァ暴走時の咆哮が響き渡る。無用だと思われているかもしれない、そう感じている全てのおっさんに今日の文章を捧げる。メリークリスマス。 <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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