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「おっさんは花粉症にならない」は本当か。耳鼻科で繰り広げられたとある“賭け”

花粉症かどうか賭けに出た奥さん

「そこまでいうならあなたは花粉症ではないことに賭ければいい。わたしは花粉症であることにBETする」  おそらく、開院して以来この耳鼻科の待合室で「BET」という単語が使われたことがないと思う。それぐらい異質な言葉だった。 「か、賭けるってなにを」  おっさんが明らかに動揺している。さっきまで大股を広げて座っていたのにいつの間にか内股になっている。 「一番大切なもの。例えば花粉症だったら私の勝ち、あなたはゴルフをやめるなんてどう? クラブもぜんぶ中古屋に売っちゃう。そのかわり花粉症じゃなかったらあなたの勝ち。新しいクラブセットを買ってもいい」 「一番大切なもの……ゴルフをやめる……」  耳鼻科の待合室なのに突如として噓喰いのワンシーンみたいになってきやがった。  この続きが気になったのだけど、あいにく、僕の診察順番が来て呼ばれてしまったので診察室に行くしかなかった。そこではまた鼻に謎のシュッシュッをされてダムが決壊し、俺になにしたのキルア状態になり、今年も花粉症と副鼻腔炎と診断された。  診察を終えて待合室に戻ると、夫婦の問答はまだ続いていた。僕が診察している間におっさんは強気を取り戻しており、花粉症かどうかを賭ける、負けたらゴルフをやめるということでまとまっていた。 「絶対に花粉症じゃないからな! ガハハハハ! 新しいクラブを買う準備をしておけ!」

かくして雌雄を決したのは……?

 素人判断でもわかるレベルで花粉症なのに、この自信はどこから生まれてくるのか。やはりおっさんの中にはおっさんは花粉症にならないと根本的に勘違いしている勢力が一定数いるとしか思えない。  そして、ついにおっさんの名前が呼ばれ、おっさんが診察室へと向かった。待合室に緊張が走る。誰もが「おっさん絶対に花粉症だよ」と思いつつ固唾を飲んで見守った。そしてついに決着の時が訪れた。  しばらくして診察室のドアが開き、そこには鼻水がボリショイサーカスみたいになっているおっさんの姿があった。たぶん、あの謎のシュッシュッされたんだと思う。そしておっさんは奥さんのところに行き、消え入りそうな声で言った。 「花粉症だった」  当たり前だ。  こうしておっさんは大好きなゴルフを奪われることになったのだった。  おっさんの中には一定数、自分はおっさんだから花粉症にならないと信じ込んでいる勢力がいる。そこには自分の豪快さとか強さに対する自負みたいなものがあるのかもしれない。  ゴルフを奪われ、豪快さも失い弱々しい感じになったおっさんに奥さんが声をかける。 「よかったじゃない。あなたがいくゴルフ場は山奥ばかりだし。山奥なんて花粉の宝庫よ。それから遠ざかるんだから良かったじゃない」  鼻水がボリショイサーカスみたいになったおっさんに続いて、僕も鼻水をボリショイサーカスみたいにして隣の薬局に向かう。とにかく、おっさんは花粉症になるので。早期にそれを受け入れないと色々なものを失ってしまうのである。
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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