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おっさんが自暴自棄になったときに繰り出す「おっさんカオス」とは何か

逡巡の末、馬場さんが繰り出したおっさんカオスとは

 馬場さん曰く、客が完全無欠のおっさんであった場合、呼び方に困るらしいのだ。「お客さん」と呼ぶのもなんとも事務的で味気ない。そこで多用されるのが「お兄さん」という呼び方らしい。風俗嬢が客を呼ぶ場合は圧倒的に「お兄さん」が多い。そういうデータが出ている、と何のデータか知らないけど馬場さんが力説する。  ただ、あまりに正直な風俗嬢は掛け値なしに「おっさん」である客に対して「お兄さん」と呼べない。お兄さんじゃないよな、おっさんだよな、となる。けれどもさすがに客を「おっさん」と呼ぶわけにいかない。そこで「何と呼んだらいいですか」に繋がるわけだ。 「それに、客を下の名前で呼ぶことで“わたしは恋人風の接客をしてますから”というアリバイみたいになってる部分がある。そこで満足するやつもいるんだ。それを許してはいけない」  馬場さんはそう憤った。よくわからんけどそういうものらしい。  前回に呼んだ時も即座になんて呼んだらいいのか質問してきたので、馬場さんはそこが気に入らなかったらしい。だからもう一度、呼ぶなんてありえなかったのに知らずに呼んでしまった。プロとしてあるまじきことだ。馬場さんは自らが犯したミスに混乱する。そして「おっさんカオス」が訪れる。 「こ……」  いつものように「こうくん」と呼んでもらおうと思ったのだけど、なんだかそれも癪な気がしてきた。けれども、もう「こ」まで言ってしまっている。どうする、ここから何か別の名前にするか、どうする、頭の中をカオスが支配した。そして自分でも思ってもみなかった名前が飛び出す。 「こ……混沌の戦士……

それからもう1年になるらしい

 カオスソルジャーではなく「こんとんのせんし」と名乗ったのだ。そんな名前のヤツいねえ。けれども風俗嬢はそのありえない名前に眉一つ動かさず、 「わかった、じゃあ混沌の戦士って呼ぶね、お風呂いこっ」  と対応した。プレイ中も積極的に名前を呼んでくれて「混沌の戦士、気持ちいい?」「混沌の戦士、上手」「混沌の戦士の混沌の戦士、もうこんなになってるよ」とか言ってくるらしい。とんでもねえプロだ。 「何回もそう言われると自分、混沌の戦士なんじゃないかってなってくるのよ、悪くないなって。最後には『よーし、混沌の戦士、いっちゃうぞ』と自分でもノリノリだったし」 「まさにそれはおっさんカオスですね」 「そこからも“おっさんカオス”なのよ。その混沌の戦士プレイにはまっちゃって、何度もその子を呼んで混沌の戦士って言ってもらっている。もうすぐ1年になる」  おっさんは何か失敗すると、まるでその失敗を隠すようにさらに大きな失敗をしようと動くことがある。新幹線を寝過ごした失敗を小さいものであると自分で納得するために、恋人たちが泊まるホテルに泊まるなど、もっと大きなことをしでかす。おそらくきっとそれが「おっさんカオス」の正体だ。  馬場さんも、知らずに同じ女の子を呼んでしまったというミスを、混沌の戦士と呼ばせること、1年間も呼ばせ続けるという大胆なことをして隠しているのだ。ミスをなんでもないものと思い込むため、おっさんカオスが訪れるのだ。 「もう少しで1年になるなら、1年の記念日はちょっといいホテルに呼んでですね、ケーキに“呼ぶようになって1年、これらからもよろしくね 混沌の戦士”ってメッセージ書くといいですよ」  僕の言葉に混沌の戦士は親指を立てて答えた。彼のおっさんカオスはまだまだ続きそうだ。 <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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