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中卒38歳が資産1億円の不動産投資家に!人生を変えた「100万円の使い方」

 家計を助けるために15歳から食品加工工場で働くも、100万円から始めた不動産投資によって今では総資産が1億円を超える、みわ氏。格差や学歴や職歴の壁に阻まれても人生を好転できた秘訣は何なのか?「100万円から始められるボロ物件投資」の秘訣を伝授する。(以下、みわ氏の寄稿)
不動産投資家のみわ氏

不動産投資家のみわ氏

「勤続10年でも手取り17万円」の将来

 はじめまして、不動産投資家のみわと申します。  僕は現在、北九州市に住みながら、不動産投資家として生計を立てています。ボロくても高利回りが狙える築古物件を見定めて購入し、家賃収入と物件の売却益で利益を取る――いわゆる「ボロ物件投資」を繰り返し、最初の物件購入から10年経った今では総資産が1億円を超えました。  ただ、僕が社会人になった最初の勤め先は、地元のウナギ加工工場です。当時は学歴も投資の知識もお金もまるでありませんでした。  そんな僕でも稼げたのだから、この不動産投資は誰にでもチャンスがある手法ではないかと思っています。  僕が不動産投資を始めたきっかけは、やはり「お金を稼ぎたい」という気持ちが強かった。5歳から28歳で家を出るまで住んでいた北九州市のアパートは、かなり年季の入ったボロボロの建物でした。当時から「いつかは小さくてもいいから自分の家に住みたい」と思っていました。  そのためにはお金を稼がなきゃいけない。ただ、中学卒業後から働いていたウナギ加工工場の月給は、約10年勤めた26歳の頃でも17万円。工場のライン作業員なので昇給しても手取り20万円がいいところです。「今の仕事をしているだけでは絶対にお金持ちにはなれない」。10代の頃から痛感していました。

お金がなくなっても死ぬことはない

 いま思うと、15歳から働いていたので、早いタイミングで「労働の真実」に気づけたのは、とても大きかったと感じます。多くの人は大学を卒業し、会社に就職して20代のうちに仕事を覚え、30歳くらいで「このままじゃまずい」という危機感を覚えると思います。  それに比べて、僕は早いタイミングで気づけた。もともと裕福な暮らしではなかったので、「お金がなくなっても死ぬことはないだろ」と思えたこともラッキーでした。  もう一つ、僕にはお金を稼がないといけない理由がありました。それは、当時付き合っていた、同じ工場で働く中国人留学生の彼女との結婚を考えていたからです。国際結婚をするというのに、当時の僕には貯金がまるでない……。これはマズいと、必死に副業を探しました。  ただ、実際には不動産投資で成功する前に彼女とは別れ、今では中国に帰国済み。結婚資金を貯める必要もなくなったのですが、それでもお金を稼ぐ必要性に迫られたのは結果的にいい効果を生みました。
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勉強してこないと投資の本も理解できない
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