ライフ

不毛な奢り奢られ論争に終止符を打つため、おっさんがおっさんに奢られてみた。その悲惨な結末とは

死の危険を乗り越えてとうとう謎に迫ることとなった

 石川さんの要求は完全に無理難題だった。それこそ、かぐや姫が貴公子たちに要求したレベルの無理難題だ。もう、絶対に奢りたくないという石川さんの強い意志を感じてしまう。 「本当ですね、あの秘薬の謎を解き明かしたら奢ってくれるんですね」  けれども、僕はどうしても石川さんに奢ってもらいたかった。絶対に奢ってもらいたかった。そうしなければならなかった。それで石川さんと仲良くなりたかったのだ。それならば、この無理難題をクリアするしかないのだ。  勤務を終え、従業員室に入ると、衝立の向こうにスキンヘッドが見えた。どうやら店長が独りで休憩しているようだ。 「秘薬の謎を解き明かすのは今しかないのでは?」  勇気を出すときだと思った。石川さんに奢ってもらうにはここで勇気を出すしかない。なあに、いかに店長と言えども命までは取られないさ。いまこそ秘薬の謎を解き明かすとき、勇気を出すんだ! 「すいません、店長、ちょっとよろしいですか?」 「ああん?」  店長は眼光を鋭くしてこちらを睨みつけた。殺されるかもしれない。 「店長ってスキンヘッドじゃないっすか、なんで整髪料が必要なんすか」  いま思うと、この軽い感じ、殺されても仕方がないやつだ。

あっさりと解けた秘薬の謎

 店長はさらに鋭い眼光となった。よく覚えている、蛍光灯の灯りがスキンヘッドに反射し、まるで後光のように店長が光り輝いていた。 「殺される……!」  それは確信だった。圧倒的な圧力、とんでもない恐怖が事務室を包んだ。なんて馬鹿なことをしでかしてしまったんだ。無謀だったんや。たかだか昼飯を奢ってもらえるもらえないでここまで命を賭けることなど、無謀だったんや。  しばらくの沈黙、そしてスキンヘッドが立ち上がる。  殺される! いよいよ覚悟した。 「整髪料をつけないと頭皮からけっこう匂いが出ちゃうんだわ。あんまりシャンプーしないからな。だから頭皮に整髪料を塗るわけ。高いんだから勝手に使うなよ」  店長はニコッと笑いながら言った。 「勉強になりました! 頭皮の匂いっすね!」

ついに石川さんに奢ってもらえることに

 あまりの恐怖におかしくなっていた僕は妙なカラ元気を見せた。意外にも怒られなかったことに安堵した。もしかしたら勇気のある若者じゃと認められたのかもしれない。 「石川さん、飛躍の謎が解けました! 頭皮の匂いです!」  石川さんとしてはたまったもんじゃない。無理難題を押し付けて安心していたらクリアされたのだ。いよいよ観念したのか、石川さんは奢りを受け入れた。 「わかった。次の給料日に奢ってやるよ」 「やったー!」  ついに石川さんに奢ってもらえる。給料日の到来が待ち遠しかった。  そして、ついにその日がやってきた。 「よくやったぞ、好きなだけ食え!」  秘薬の謎を解き明かした僕は英雄だった。石川さんが奢ってくれたのは、パチンコ店の横にあった定食屋だ。ここは従業員の食堂にもなっていて給料日払いのツケができる店でもあった。
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ようやく、石川さんと通じ合えた気がした
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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