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「何かがあるたびに母親がお尻を叩く棒を」40代元DV加害者が明かす、壮絶な生い立ちと暴力の連鎖

「生まれて初めてめちゃくちゃ泣いた」

――その時の中島さん自身の心境はどうでしたか? 中島:実は事件があってしばらくの間は「手を出してしまったのは悪かったけれど、相手がそういう態度をとってきたのが悪い」と、まだ自分を正当化していたんです。だけど数日経ってから、そんなふうに考えている自分に恐怖を感じました。  一度手を挙げてしまった以上、もっとエスカレートしてしまう可能性もある。怒りをコントロールできなくなっていったら、この先どうなってしまうのだろうと自分自身も悩んでいました。家庭が壊れ、警察に捕まる可能性もある。そうなったら、全てが壊れてしまう。なので、ステップに電話した時は藁をも掴むような思いでしたね。  それから、前向きになれたのは子供の言葉も大きかったんです。更生プログラムを始めることを話した時、長男に「頑張ってほしい」って言われました。その時、これは本気で変えなければならない時が来たのだと感じました。子供に「頑張れ」と言ってもらった時、嬉しさと同時に自分の情けなさや、これまで感じていた葛藤みたいな部分が押し寄せてきて。その後、子供達に隠れた場所で、生まれて初めてめちゃくちゃ泣いたんです。子供のあの一言がなかったら、ここまで真剣に向き合えなかったと思います。あの言葉で、腹を括りました。

暴力しか知らずに育ってきた

DV

※画像はイメージです

――自身がDVをしていた原因に、思い当たることはありますか? 中島:現在僕は40代ですが、僕の過ごしてきた少年時代では、暴力が当たり前だったんです。友達同士で殴り合いをするのもよくありましたし、体罰もすごかった。宿題を忘れただけで殴られる、部活でうまいプレイができなければ殴られる。  例えばある時、僕が学校の机で眠っていて、先生の「起立」という号令で立てなかったことがありました。その先生はそれだけで僕を殴り、その衝撃で僕の歯は唇を貫通し、血まみれの状態になってしまいました。そんな状態でもそのまま正座させられるんです。殴られて鼓膜が破れた子もいました。  しかし、家に帰ってそのことを親に話しても「あんたが悪いだろう」と責められるだけ。それどころか家に帰っても、しつけや罰だと言って、親から叩かれます。僕の周りでは、暴力が当たり前のように蔓延っていた。そういう環境でずっと生きてきたので、暴力が染み付いているというか、暴力しか知らずに育ってきたんですよ。 ――中島さん自身、両親からも暴力を受けていたんですね。 中島:父親から直接手を挙げられることはなかったのですが、怒鳴るとか、機嫌が悪いと「うるせえ」と暴言を吐かれるというのはありました。母親は母親で、何かがあるたびにお尻を叩く棒を持ってきて叩いてきたり、家庭内でも体罰は日常的でしたね。それから、父親が母親に対して怒鳴ったり、「飯がまずい。まずくて食えるか」と言って食べないだとか、今で言う面前DVもありました。
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受け継がれてきた“暴力の連鎖”
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