ニュース

「何かがあるたびに母親がお尻を叩く棒を」40代元DV加害者が明かす、壮絶な生い立ちと暴力の連鎖

妻や子供への接し方が変わった瞬間

――仲間意識のようなものもあるわけですね。 中島:私たちは加害者なので、被害者の方々の苦しみとは比較になりません。ただ、「こんなはずじゃなかった」と、同じように苦しんでいる人同士で進んでいけるのは、力になります。 ――自分自身が変わりはじめたと感じるタイミングはありましたか? 中島:栗原さんが「DVの加害者も、もとは被害者」と話をされていたんです。「自身が暴力をふるってしまう人も実は、何かあれば叩かれたり、怒鳴られたり、暴力を目の当たりにして生きてきた人たちであることがほとんどだ」と。だから私たちは、自分がされたことを見本に、自分の子供達を含めた周囲に同じように接してしまう。  手を出してしまった時点で加害なので、許されることではないのですが、でも実は、加害してしまうベースには被害があるんだという話を聞いた時に、変な話、すっと腑に落ちたんです。「ああ、だから自分はこんなことをしてしまっている」「だから僕は暴力をふるうという選択をしてしまっているんだ」と気づいた瞬間でした。それからは考え方が代わり、妻や子供への接し方も変わったと思います。  それから最近も、子供達へのDVというテーマで話があったんです。子供に対して怒鳴る、罰を与える、また、目の前で夫婦喧嘩をする面前DVも、暴力を伝えてしまうDVに値する。勉強する前は知らなかったけど、勉強することで、避けることができるんですよね。  だれも親になるための勉強なんてしていないし、人としてのあり方も学ばない。それをイチから学び直し、認識したうえでもう一度やってみようと思い始めてから、どんどん変わることができた気がします。

DV加害者だった父を許せるように

ステップ

NPO法人女性・人権支援センターステップの栗原加代美理事長

――他に、カリキュラムを受けてからの変化はありましたか? 中島:父との関係性に変化があったかもしれません。実は私の父親も、自分の父親に柱にくくりつけられたりと、激しい体罰を受けていたみたいです。父親が僕に手を挙げなかったのは、自分が受けてきたからこそ、せめてと意識していた部分なのかなと、今となっては思います。以前は父親のことも本当に嫌いでしょっちゅうケンカしていました。ただ、「父親も被害者なんだ」と気付けたことで、父に対する嫌な気持ちもなくなりました。 ――カリキュラムを受ける中で、お父様を許せるというのはひとつ大きな出来事ですよね。 中島:今は「しょうがないよな」と思えるんです。もちろんDVは許されることではありませんが、学校でも、自宅でも暴力が当たり前にあった時代だからある意味、それしか知らなくて時代に取り残されるのが当たり前なのかなと。だからこそ改めて「僕の代で止めないと」と、思えるようになりました。
次のページ
夫婦関係も少しずつ良くなっている
1
2
3
4
5
6
おすすめ記事
ハッシュタグ