【小説・中受ウォーズ episode04】炎える教室と鉄強会の影/藤沢数希
―[小説『中受ウォーズ』]―
恋愛小説から投資本まで、幅広いテーマで作品を執筆し、ベストセラーを連発している作家の藤沢数希氏。その彼が次のテーマに選んだのは、「中学受験」だった。主人公は、小学6年生の春に山口から転校してきた、陽斗(はると)。「受験戦争」と形容される熾烈な競争に挑む物語が、藤沢氏の手によって濃密に立ち上がる意欲作だ。9.10(火)発売号のSPA! で第二部の開始を記念し、第一話~六話を6日連続で無料公開する。
【第四話】「これが本当の燃焼実験だぜ」。新見は紙飛行機に、火をつけて飛ばした
教壇には渡辺先生が用意したロウソクとマッチ、透明なガラスのビンなどが置かれていた。
「それでは、ロウソクに火をつけて実験しましょう。明るいと見づらいので、窓側の生徒はカーテンを閉めてくれますか」と渡辺先生は指示した。陽斗は立ち上がり、カーテンを閉めた。蛍光灯も消され、さっきまで明るかった教室が薄暗くなった。
渡辺先生がマッチに火を付け、それをロウソクの芯に近づけると、ゆっくりと炎が立ち上がり、暗くなった教室をほのかに照らした。
「ロウソクのロウが熱で溶け、液体になったロウが芯に吸い上げられます。その液体のロウが、芯の先で気体になって、それが燃えています」と渡辺先生が炎について説明した。
それから渡辺先生はガラスの瓶を持ち上げて「みなさん、このロウソクに瓶を被せるとどうなるかわかりますか?」と聞いた。
教室の後ろの方の誰かが「消える」と言った。渡辺先生は透明なビンをゆっくりとロウソクの炎にかぶせると、ビンの中で炎がだんだんと小さくなり消えてしまった。
「なぜ、炎は消えたと思いますか?」と渡辺先生がさらに問いかけた。その時、静かに手を挙げたのは小林美優だった。「ビンの中の酸素がなくなったからです」
渡辺先生はにっこりと笑い、「その通り、小林さん。ものが燃えるためには酸素が必要なの。そして、その酸素は空気の中にある。ビンの中の酸素が使い切られてしまい、炎は新たな酸素を得られず消えてしまったのよ」と言った。
その後、カーテンが開けられ、春の日差しが教室を再び照らした。
渡辺先生が黒板にチョークでものが燃えるための条件について書き始めた。
[燃えるもの(ロウなど)があること][酸素があること][発火点以上の温度があること]。
陽斗がノートを取り終わり、教室を見渡すと、新見は授業を聞かず、別の教科書を出して何か問題を解いていた。塾の宿題をやっているようだ。田島も塾の宿題をやっていた。実験していたときは静かだった教室もザワザワしてきた。おしゃべりをしたり、漫画を読んだりして、授業を聞いていない生徒が多くいた。また、新見や田島の他にも、塾の宿題をやっている子が何人かいた。
「じつは、私たちは空気中の酸素を吸い、身体の中で糖分などを燃やして、それが活動のためのエネルギーとなって生命を維持しているんですよ。そして、その過程で二酸化炭素を吐き出します」
陽斗は渡辺先生の話をよく聞いていた。
その時、新見と田島が後ろから何かを飛ばした。紙飛行機だった。塾の宿題を終えたふたりは、紙飛行機を作って遊んでいたのだ。そして、とうとうそのひとつが渡辺先生の足元に落ちてしまった。
渡辺先生が紙飛行機を拾い上げた。
教室のざわつきが一瞬静まり返った。「新見くん、田島くん、これは何ですか?」と問いかけた。
「塾の宿題が終わって、暇だったもんで」
新見は悪びれる様子もなく言った。
「授業を聞いている子もいますから、邪魔をしないでください」と渡辺先生が言うと陽斗はそれが自分のことだと思った。
新見と田島はふざけるのをやめ、不満そうに席に座っていた。
理科の授業が終わり、休み時間が始まった。
渡辺先生は持ってきた実験道具を片付けていた。それを見計らって、新見と田島は教壇にそっと近づき、先ほど取り上げられた紙飛行機を素早く回収した。そして、教壇にまだ置かれていたマッチで、紙飛行機に火を付けた。
「これが本当の燃焼実験だぜ」新見が得意げに言い、その炎上する紙飛行機を教室に飛ばした。
教室は一瞬で騒然となった。
「何をやってるの!」渡辺先生の怒声が響き渡った。
新見と田島は得意げに微笑んで、教室から逃げ出した。
幸いなことに新見が飛ばした燃えさかる紙飛行機は、どの生徒に激突することもなく机と机の間に墜落した。紙の燃えた部分が灰になり、ふわりと教室に舞い上がった。
渡辺先生は大きなため息をついた。その後、落ちている半分焼けた紙飛行機を拾い上げ、教室を見回して子供たちが火傷などしていないかを確認した。みんな無事で、渡辺先生はホッとしたようだった。
◇
「新見くんたち、ちょっとひどいよね」
休憩時間中に、となりの席のさくらが話しかけてきた。
「たしかに、ひどいね」と陽斗は言うと、さくらの机の上に落ちた紙飛行機の小さな灰を指で拾った。「燃えた紙が舞ったのは、温められて軽くなった空気が上昇気流を作ったからなんだよ」
「へえ」とさくらがうなずいた。
「ロウソクの炎があんな形をしているのも、ロウソクのロウは外側は溶けずに中心が溶けて凹んで器のようになるのも、熱せられた空気の流れのおかげなんだ」
陽斗の話を聞いて、さくらの目がすこし輝いたように見えた。「陽斗くん、いろんなこと知ってるんだね」
「『ロウソクの科学』という本を昔、読んだんだよ。ところで、新見たちは学校でも塾の勉強をしているの?」
「新見くんたちは鉄強会に通っているのよ」
「鉄強会?」
「うん、中学受験の塾。すごく厳しいって有名で、その中でも新見くんはSクラスっていう、一番上のクラスに在籍してるんだって」
「中学受験?」
さくらはすこし驚いてから答えた。「そっか。山口県には中学受験はないんだよね」
「うん、ないよ」と陽斗が答えた。
「東京では、たくさんの小学生が有名な私立中学を目指して、中学受験をするのよ。そのために塾に通うの。新見くんたちは、小学校で習うようなことはもう4年生までに全部終わってしまったのよ」
「4年生で?」
「そう。中学受験の問題もはるかに難しいわ。学校で習うことは本当に簡単なことばかり」
「さくらも中学受験をするの?」と陽斗が驚きの表情を見せながら尋ねると、さくらはこくりとうなずいた。
「でも、私の通ってる四葉アカデミーは、鉄強会みたいに厳しいところじゃないわ。それでもなかなか大変なんだけどね」
イラスト/bambeam
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―[小説『中受ウォーズ』]―
物理学研究者、投資銀行クオンツ・トレーダー職等を経て、作家・投資家。香港在住。著書に『外資系金融の終わり』『僕は愛を証明しようと思う』『コスパで考える学歴攻略法』などがある
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