ライフ

サウナは恐ろしい。命を失う危険がある。しかし、それよりも尊いものを僕は既に失くしていたのだった

若者を揶揄する言葉「ピンチケ」

a ピンチケとは、本来、アイドル現場などでマナーを守らない迷惑なファンに向けてつけられる名前だけど、このサウナでは単に若い常連グループを指す言葉として定着している。  もともとAKB48劇場で、中高生向けに売られていた割引チケットがピンク色で、それらの若いファンがマナーを守らないからと揶揄して使われるようになった呼称だ。ただ、このサウナにおいてはピンチケはただ若いだけの存在で、別にマナーを守らないわけではなかった。  そのピンチケが僕のことをちょっと変なニックネームで呼んでいるらしい。 「どんな不名誉なニックネームなんですか」  僕はこれまでに行きつけのスロット屋、釣具屋、コンビニなどでエロ本大佐やカラカッサ、ウーバーケツ、懲役4年、など不名誉なニックネームを賜った経験がある。ついにこのサウナでもそのときが来たか、という感じだ。  これらを上回る酷いニックネーム。どんなもんだろうと興味が沸くのだけど、いくら常連仲間に聞いても詳細を教えてくれない。「ピンチケに聞け」の一点張りだ。そんなもの、ピンチケにお前ら俺のこと変な名前で呼んでいるらしいな、といっても正直に言うわけがない。そもそも、俺たちも「ピンチケ」なんて変な名前で呼んでいるんだからお互い様だ。

ピンチケどもを泳がすことにした僕。そこで聞いた衝撃的なワード

 そうなると、ピンチケどもが僕の悪口を言っている場面を盗み聞きするしかない。それにはピンチケどもが僕の悪口を言うしかない場面を作り出す必要がある。  ということで、その日は、だいたいピンチケどもが来店する時間を見計らって、脱衣所においてパンツを思いっきり裏側にして闊歩してやった。その後、ピンチケどもは休憩所で談笑するコースなので、そこを物陰から聴いていれば良い。 「いやー、ホントビビったよな」 「まじビビった」  少し顔を紅潮させたピンチケどもが休憩室で談話する。僕はそれを本棚の陰で聴いている。 「あれ、パンツが裏側だったろ」 「裏側だった」  ここまで思惑通りに行くと怖い。自分が怖い。完全に僕の話をしている。 「ほんと、相変わらずだよ。キャンドル・ジュンは」  キャンドル・ジュン!?  なんで?  おれ、キャンドル・ジュンって呼ばれてるの?
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記憶の糸を辿ると、うっすらと思い当たる節が
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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