ライフ

伝説を生む種は、どこにでも転がっている。とある“伝説の男”がそれを証明してくれた

キミちゃん信者たちに連れられ、キミちゃんの家へ

a「伝説もたいしたことないですね。聖剣を抜こうとしたら奥歯くらい抜けますよ。普通です」  僕はキミちゃんに対して懐疑的になっているのでそう主張したけど、決して聖剣を抜くことと奥歯が抜けることは普通ではないし、リンクもしていない。 「いや、キミちゃんは他にももっとすごいんだって」 「いいや、すこしひょうきんな普通のおっさんですよ」 「いいや、キミちゃんは伝説だ」  そんな感じで、キミちゃんを圧倒的に信奉する面々と懐疑的な僕とて喧嘩みたいになってしまった。もうこうなったら実際にキミちゃんに会ってみて決着をつけよう、ということになり、その場でアポイントを取ってキミちゃんの家まで行くことになった。  キミちゃんは街はずれの一軒家に年老いたお母さんと住んでいるらしい。見たことないような行き先表示のバスに乗って奥地へと進み、そこからさらに見たことない形状のバスに乗り換えてキミちゃんの家に到着した。 「メッセージ送ったら、いまちょっと立て込んでるからあまりお構いできないけどって返ってきた」  キミちゃんと親交のあるおっさんがスマホのメッセージを見ながら言う。 「けっこう常識的な人じゃないですか。気遣いまである。そこまで伝説じゃないですよ」  幹線道路から細い路地に入り、そこからさらに舗装すらされていない土の通路を通った先にキミちゃんの家があった。ここにおっさんどもが伝説だと語り継ぐキミちゃんがいる。どうせ伝説などまやかしだと思っている僕も少しだけ胸が高鳴った。 「伝説なんてほとんどが肩透かしなものだ。俺が伝説に終止符をうってやるぜ」  玄関ドアのインターホンを何回か押したが、まったく手ごたえがなかった。たぶん壊れている。仕方なくドアを叩くと、奥から老婆が出てきた。 「おう、きたか!俺の部屋に通してくれ!」  奥からキミちゃんと思われる声が聞こえる。伝説の男の声だ。想像していたよりずっと若々しく元気な感じがした。あと、想像したよりずっと年老いた老婆を手下のように扱っていた。もういい年したおっさんなんだから、お母さんをいたわりなさいよ。

姿を消したキミちゃんがとった驚きの行動とは

 キミちゃんの部屋に通される。散らかってはいるものの普通の部屋だ。他のおっさんどもは 「お、あずみがある」  とマンガを読み始めてしまった。僕はここが伝説の男の部屋と考えるとソワソワして落ち着かなかった。  それから1時間くらいは経っただろうか。おっさんどもが読んでいる「あずみ」もかなり読み進められていた。そして相変わらずキミちゃんは姿を現さないどころか、僕らの存在を忘れているんじゃないかと思うほどに何も音沙汰がなかった。 「すいません!」  ふすまを開けて廊下に向かって呼びかける。なにも反応がなかった。  もしかして、こうしてやってきた来客を、手が離せないという理由で1時間以上も放置する、それが予想を上回る行動をする伝説の男ということか。だとしたらずいぶんと期待外れだ。それは単なる無礼者でしかない。 「すいません! キミさん、どうしたんですか!? なにかトラブルですか!?」  僕の呼びかけに、廊下の奥から声が聞こえる。 「すまん!いまザルにウンコしてるんだわ!」  予想を上回る行動だ!  訪ねて来た来客を1時間以上も放置してザルにウンコ。なにがどうなっているのか理解できないし、理解しようとも思わない。 「ザルにウンコ?」  聞き間違いかもしれないと思い、もういちど問いかける。人生において「ザルにウンコ」という言葉を使う機会はそうそうない。 「そう、ザルにウンコ!」  そして、「ザルにウンコ」という言葉が元気よく返ってくる機会もそうそうない。  ただ、これはあまり奇抜すぎて、逆に疑いを強めた。つまり、自分は奇想天外な行動をする伝説の男であるというブランディングのためにザルにウンコをしている可能性があるのだ。どういうブランディングなのかはさっぱりだけど、その可能性があるのだ。
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キミちゃんがザルにウンコをした理由
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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