ライフ

たとえ自分と無関係なことでも、もし関係あったなら……と考えると人生が豊かになる気がする

おっさんは二度死ぬ 2nd season

私の一番かわいいところ

先日のことだった。地方での仕事を終えて飛行機で東京に戻ろうと空港の待合ロビーで待っていると何やら様子がおかしかった。 その空港は地方空港にしては待合ロビーが充実していて、くつろげるソファーなどが多いのだけど、電源コンセントだけは貧弱で、中央にあるテーブルに数口のコンセントがあるだけだった。当然、スマホなどを充電したい人々はそこに集まる。 いつもだったら数人の人がコンセントに充電器を差し、遠巻きにそれを見守る感じになるのだけど、その日だけは様子が違った。明らかにガタイの良い連中が塊になってコンセントを見守っているのである。 ガタイの良い連中はお揃いのポロシャツを着ていて、その胸元には〇〇大学柔道チームと書かれていた。20人はいただろうか。 おそらく地方で合宿か試合があってその帰りなのだろう、少し和んだ雰囲気でありながらも、かなり体の大きな連中が小さなコンセントを見守っている光景は少しだけ面白かった。 「マミちゃんから返事こねー、既読すらつかねー。未読無視かよ」 LINEの恋愛テクについて盛り上がる、イカつい柔道部員たち。 「そういうときはスタンプで会話を終えるといい。既読無視の理由の一つに、通知で内容がわかってしまうから読みに来ないパターンがある。既読つけちゃったら返事しないといけないもんな。スタンプで会話を終えると通知に『スタンプ』としか表示されないから気になって内容を見に来るから既読がつく。返事もくる」 けっこうガタイがよくて強面な感じの柔道部員もやはり大学生、話している内容は恋愛攻略法みたいな感じだった。っていうか、スタンプで会話を終えるのってそういう理由もあるのか。 「まだまだ甘いな、そんなことしても無駄だぜ。既読をつけずにメッセージを読む方法はある。一覧で名前かトークグループを長押しすると、既読つけずに中身を見られるから」 「うわー、すげー」 「ほんとだ!」 柔道部員たちはけっこう盛り上がっていて、試合なのか合宿なのか、とにかく重荷と感じる何かが終わって開放感マックスといった感じだった。はやい話、かなりテンションが高かった。 彼らが手に持っているチケットを見ると、同じ東京行きのフライトで、同じ便になるようだった。 「近くの席になったらいやだなあ」 最近ではとにかく忙しく、飛行機でぐっすり眠るのが重要な睡眠時間になっているので、かなりテンションが高い彼らと近くの席になりたくない。うるさいからだ。なんとか離れた席になっててくれよと祈るしかなかった。

機内では柔道部員に四方を囲まれ……

いざ搭乗が始まり、僕も柔道部員たちも続々と飛行機に乗り込んでいくのだけど、そこでとんでもないことが巻き起こった。 いや、もう席が近いどころの騒ぎではなかった。なんというか、柔道部員たちが座るゾーン、その中心部に僕の席があった。僕の周り、ぜんぶ柔道部員だった。 なんでこんなところに、誰かの陰謀か、と思ったのだけど、よく考えたら、座席指定サービスでぽっかりと1つだけ空いた席を指定したのは他ならぬ自分自身だった。 いよいよフライトが開始し、やはり柔道部員たちはなかなかにテンションが高くてまったく眠れなかった。 東京へと到着し、フラフラになりながら到着ゲートに歩く。やはり僕の前は柔道部の集団がワイワイと歩いていて、その後ろをついていく形となった。そこに突如として話しかけられた。 「あのー、すいません」 茶色のスーツを着て味のある帽子をかぶったご老人が遠慮がちに話しかけてくる。 「こういうことを言うのもどうかと思ったんですが、私自身も柔道をやっておった経験から言わせてもらいます。老害の迷いごとだと思って聞いてください。柔道とは身体的強さよりも心の強さを鍛える道です。彼らがどれだけ強いか知りません。しかし、公共の場所であのような態度はいかがなものか」 そう話すご老人は最初の弱々しさが嘘だったと思うほどキリっとしていた。 老人の言葉はまったくもってごもっともで、柔道を志す者として、日々の生活も凛として逞しく、そして優しく生きなければならないというものだった。完全にごもっともで頷くしかない内容なのだけど、問題が一つある。なぜそれを僕に言うのかという部分だ。 もしかしてなのだけど、飛行機の中で完全に柔道部員に囲まれる座席に座っていたし、僕自身も柔道家かよという体格の良さだ。下手したら、柔道部連中の指導者的立場の人だと勘違いされている可能性がある。っていうか、きっとそうだ。 指導者がついていながらあの部員たちの振る舞いはなんだ。柔道が強ければいいのか。そうじゃないだろ。柔の道とはそうじゃないだろ。そういう苦言を呈されてしまったわけだ。まったくもってごもっともなのだけど恐ろしいことに僕は指導者的な立場ではないどころか、柔道部とはまったく無関係の人間だ。とばっちりにもほどがある。 「いや、僕は彼らとは無関係なんで」 と逃げることもできるのだけど、あいにく僕はそれをしない。無関係と断じるとそこで関係性が本当に終わってしまい、なにも動かなくなるからだ。
次のページ
僕は無関係だが、間違えてはいない老人の話
1
2
3
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


記事一覧へ
おすすめ記事