ライフ

伝説を生む種は、どこにでも転がっている。とある“伝説の男”がそれを証明してくれた

キミちゃんがザルにウンコをした理由

 自分は伝説の男である。そして、その伝説を見届けるために懐疑的な男が家にやってくる。ここらでいっちょかましてやるか、とザルにウンコをした可能性がある。そうなれば、それはやはり期待外れの伝説というしかない。  ただ、納得できるだけの理由があれば別だ。 「すいません。素人質問で恐縮なんですけど、なんでザルにウンコをするんですか?」  僕の問いかけと同時だった。 「でた、でたぞー!」  返答は帰ってこず、ドダドタと廊下を走る音が響き渡った。そして、見るからに華奢で、少しギョロ目のおっさんがやってきた。キミちゃんだ。 「これだよ!」  キミちゃんは血走った眼で小さい白い破片みたいなものを手渡してきた。 「なんですかこれは?」  白い破片からは先のとがった銀色の金属が飛び出している。 「差し歯だよ! 奥歯が折れたとこに差し歯が入ってたんだよ!」  なるほど、あの聖剣伝説の時に折れた奥歯か。それを差し歯にしていたんだな。 「ただ、ああいう差し歯の接着剤は耐用年数が最大で7年くらいらしい。それを考えるともってくれたほうだよ」  キミちゃんは少し誇らしげだ。その差し歯が抜けた口でさらに続けた。 「前々から差し歯がぐらついているなと思ったんだけど、夕飯を食っていたら差し歯があるべき場所になくてさ、うわ、飲み込んじゃった、と思ったわけ」

そして新たな伝説が始まった

 なんだかめちゃくちゃ嫌な予感がするな。 「調べてみたら、再装着が可能なら歯医者にもってこい、そうしたら新たに差し歯を作るより費用も期間も抑えられる、って書いてあるわけ。でも、飯と一緒に飲み込んじゃったわけじゃん」 「だからザルにウンコを……」  手にしていた差し歯をキミちゃんに突っ返す。思いっきり触ってしまったわ。 「何日もザルにウンコしてさらっていたけど出てこなくてさ、今日やっとでてきたわけよ。感動するよな。愛しの差し歯に会えたって!」  なんてことだろう。ザルにウンコは狙いすました奇行ではなく、普通に理由があった。そう考えると、完全に予想を上回る伝説の存在というしかない。キミちゃんとしてはこの差し歯を歯医者で再装着してもらうみたいだけど、僕はちょっとウンコから出てきた差し歯を口に入れる気はしない。というか、ちょっと洗っただけのそれをもう口の中に入れて仮の装着をしている。  伝説の存在とは往々にして期待外れなものだ。それは語り継がれることで実態から乖離するからだ。けれども、稀にガチどころか、その言い伝えさえも軽く凌駕する伝説が存在するのだ。予想の上を行く男、キミちゃん、彼はまさしく伝説であった。 「うわー、あずみ読み終わったー。腹減ったー」  傍らでザルとウンコと差し歯の話をしているのに平然とマンガを読み続けるこの友人もまた、伝説と呼ぶに値する。 「お、おまえら飯でも食って行けよ、ざるそば作るから」  ザルとウンコと差し歯の話の話をした後に、ざるそばを提供しようとするキミちゃんもやはり伝説だ。 「あら、ぜひ食べて行ってくださいな。もう茹でちゃった」  その出どころが気になって仕方ない濡れたザルを手に出てくる料理中の老婆も伝説と呼ぶに等しい。  その後、出てきたそばに僕はまったく手を付けなかった。伝説とは転がっている場所には本当に転がっているのである。   <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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