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“奇跡の45歳”波乱万丈の人生。バツ3・シンママ・37歳でグラドルに。“遅咲き”のチャンスをつかむまで

プライベートでは“バツ3”を経験。それでも新天地を求めて上京を決意

茜結こうしたなか、茜さんは35歳の時に3度目の結婚を果たす。それも束の間、結婚生活も続かずに35歳で離婚してしまう。 「実はバイト先のテレアポで知り合った女性と10年間付き合ったこともあるんです。女性が好きとかではなかったんですが、魂から強烈に惹かれる不思議な感覚を味わって。それに比べ、男性とは長くても5年しか続いたことがなく、3人目と結婚した際にはプライベートで色々あって行き詰まってしまい、子どもと3人で家出を経験したんです。 その時は、近所のホテルを転々としながら、子どもが通う学校への送迎をしていましたね。いまだに子どもからは『あの頃は毎日いろんなホテルに泊まれて楽しかった』と言われるのはいい思い出です」 その後、出身地の大阪を離れ、子どもを連れて3人で上京を決意する。 「さまざまな仕事を経験し、常に新しいことに挑戦しつつ、学校で勉強に専念してきたことで、自分の中である程度の基礎力がついたと実感していました。このまま大阪にいてもこれ以上の成長はないと感じたのと、ちょうど子どもの進学でタイミングも良かったので、東京へ引越しすることを決めました」

東京生活は苦労の連続。寝る間を惜しんで働いた

茜結ところが、シングルマザーで子ども2人を育てながらの東京生活は苦労の連続だったそうだ。限られた時間の中で家族、お金、夢とのバランスを考えながら、やりくりをしていかなければならない。 バイトや派遣の稼ぎだけでは足りず、家賃や生活費に追われる日々。 「生活のバランスをとりながら自分の夢を追いかけることは想像以上に難しいと感じましたね。睡眠時間を削って毎日ライブ配信をしたりSNSを更新したり。演技の勉強のためにワークショップに参加したりと、自分磨きに必要なお金と生活費を必死に工面していましたね」 新天地で揉まれながら精一杯やってきた茜さんにとって、“遅咲き”のチャンスが訪れたのは37歳の時。 『ミスFLASH2017』のオーディションに参加したことを皮切りに、雑誌『BITTER』のオーディションで見事グランプリに。さらには伝説のグラビア雑誌『URECCO』復刊号の表紙を飾るなど、“グラビアアイドル”として頭角を現すと、バラエティ番組「有吉反省会」(日本テレビ系)に“年齢不詳のグラドル”として出演し、一躍有名になったのだった。 <取材・文/古田島大介、撮影/藤井厚年>
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている
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