雑学

マンガ家志望者へのエール――マンガの描き方の歴史10

 今まで、本連載において様々なマンガの描き方本を紹介してきたが、考えてみると、これほどまでにひとつの職種についてのハウツー本が出版されている例が他にあるだろうか? 昔大人気だったプロ野球選手や今人気のプロサッカー選手を目指す人のためのハウツー本も、今や大型書店には必ずと言っていい程設置されているマンガ技術書コーナーの半分も無いだろうし、ましてや「あなたも豆腐屋になれる!」「左官屋入門」「花屋専科」「めざせ!ケーキ屋」「24日でなれる新聞記者」といった本が100冊も200冊も出てはいないだろう。何故マンガ家の入門書は、少なくとも100年近くの長きに渡って、これ程の数が出版され続けているのだろうか? その答えは……風だけが知っているのです。「完」

 ……すいません、本当は分かりません。マンガというメディア自体の人気が高く、マンガ家予備軍の数が多く、ハウツー本の収益が見込まれるから、という事でしょうかね?

 それではそもそも「マンガの描き方本」は何のために書かれるのだろうか? 家計のためにというような理由もあるだろうし、電波様が頭の中に直接命令してきたからという理由もあるだろう。例えば昭和3年、岡本一平『新漫画の描き方』中央美術社刊(図1)では出版する意義についての文言がある。

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岡本一平

(図1)昭和3年、岡本一平『新漫画の描き方』中央美術社刊

 (前略)これだけ獨創的にまとめた漫畫の手引草は今日迄は世界にも無いと斷言出來るから。これ本書を出版する所以である。僕はこの序の終わりに運の强かつた本書の爲に乾杯する。

 どうしても世に出したかったという気持ちが伝わってくるし、何より締めの一文が恰好良いので紹介させて頂いた。

 話を元に戻してつらつら本来の目的を考えてみるに、やはり後進の育成という点に尽きるだろう。言い換えれば先輩から後輩へ送るエールと言っても良いだろう。良いですよね。良いとします。

 そこで今回は「マンガの描き方本」の大抵あとがきの部分で語られることが多い、後進へのエールっぽい文言を拾ってゆきたいと思います。

 おっといけないその前に、先輩はマンガ界の現状(当時)に疑問を呈してもいます。昭和54年、石森章太郎『まんが研究会』小学館刊(図2)のラストでは、

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石森章太郎

(図2)昭和54年、石森章太郎『まんが研究会』小学館刊

「これだけの量のまんが週刊誌を、限られた時間で・・・全部みようとおもったら、ナナメにぶっとばしてでもみなければ、間にあわない。(中略)そこにまんががあればいいーという、みかた・・・ちょっと目をひいて・・・フィーリングがあえばーそれでおもしろいんだ・・・というみかた・・・」(図3)(図4

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石森章太郎

(図3)昭和54年、石森章太郎『まんが研究会』小学館刊より


石森章太郎

(図4)昭和54年、石森章太郎『まんが研究会』小学館刊より

 ちょっと悲観的に過ぎるこの問いに対する私の答えは、「全部みようとおもわなければいい」です。あと、そんなみかたもひとつの方法で、そうじゃないみかたもあっていいという事ではないだろうか? 2014年のマンガ界の現状を石森先生はどう見るだろう? 

 次に、マンガの技術書でありながら技術書の存在を憂うあとがきを紹介しよう。平成12年、菅野博之+唐沢よしこ『漫々快々 みんなのマンガがもっとよくなる』美術出版社刊(図5)だ。マンガ家を目指す人達の投稿作品を取り上げるという点では、以前紹介した、鳥山明、さくまあきら『ヘタッピ マンガ研究所』と同じだが、プロ(菅野氏)が手直しした原稿も同時に掲載し、作品の質の向上のための技術が如実に分かるという、かつてないマンガの描き方本になっている。

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菅野博之+唐沢よしこ

(図5)平成12年、菅野博之+唐沢よしこ『漫々快々 みんなのマンガがもっとよくなる』美術出版社刊

 (前略)投稿される作品のほとんどは今流行しているマンガをコピーしたようなものばかりです。絵やストーリーってことじゃなくて、なんつーのかな、なんかどっかで見たことあるマンガばっかり。だからたいてい印象に残らず忘れちゃう。(中略)しかし、目立ってた人の中にも単に技術が追いつかなくて他人と違うマンガになってるだけという場合がある。そういうケースだと何作か見てるうちにたいてい上手になってきて個性が薄まっていきます。(中略)こういう変遷を見るのが、もー、悲しいんですなー。マンガテクニック書の存在を恨みますね。土着の文化を矯正する宣教師と同じ。

 本書もマンガテクニック書ではありますが、なるべく土着文化を生かす方向でアドバイスされてると思います。(後略)

 確かに先人の切り開いた道をそのまま辿るのは楽ちんだが、それはあくまでガイドにとどめ、己の表現は己で研鑽してゆくしかないという事ですな。肝に銘じよう。

 さて手綱を引き締めた後は大いに励ましまくって頂きましょうか!まずはご陽気に、昭和44年「少年ブック」4月特大号ふろく『赤塚不二夫のマンガ大学院第4巻、長編コース』(図6)のあとがきより。

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赤塚不二夫

(図6)、昭和44年「少年ブック」4月特大号ふろく『赤塚不二夫のマンガ大学院第4巻、長編コース』

「ながい間がんばった諸君!!スンバラシーク、まんががうまくなったじゃろうね。わがはいは、チミらの中から、きっと将来りっぱなまんが家がでるじゃろうということを信じとる!!(中略)つらいこと、むずかしいことにバチーンと挑戦してこそ、チミは男になれる!ではゴキゲンヨウ ゴキゲンヨウ。」

 バチーンと挑戦すれば良かったのか!! 以前、当コーナーでご紹介した森田拳次には別の著作もあって、平成7年『モリケンのマンガの描き方教室』成美堂出版刊(図7)もあってそのあとがきには、こう書かれている。

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モリケン

(図7)平成7年『モリケンのマンガの描き方教室』成美堂出版刊

 (前略)自分が楽しく書いた作品は、読んだ人も楽しくなります。こんな素晴らしいことはありません。それが紙とペンだけで出来るんですよ。さあ、今日からきみもマンガ人生を・・・・!!」

 元手がかからないのは最大の魅力でもあります! ここらで女性マンガ家からのお言葉を。昭和62年、『里中満智子のマンガ入門』光文社刊(図8)のまえがきより。

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里中満智子

(図8)昭和62年、『里中満智子のマンガ入門』光文社刊

 (前略)自分の描いた作品が、世に認められようと、認められずに終わろうと、”創作そのものの喜び”は、自分に『生まれて、生きてきた意味』を教えてくれます。(中略)『成功してほしい』と言いましたが、それにはこの『自分の充実感』も含まれています。

 後述するが、この葛藤は創作のプロには常に付きまとう命題だ。平成18年、しりあがり寿『表現したい人のためのマンガ入門』講談社刊(図9)では、エールというより、自らの今後に思いを馳せている。

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しりあがり寿

(図9)平成18年、しりあがり寿『表現したい人のためのマンガ入門』講談社刊

 これからもなんとか生きてゆく中でいろんなマンガを描いていくことと思います。くだらないマンガやとるに足らないマンガもいっぱい描いちゃうだろうな。中にはちょっといいマンガもあるかもしれないけどな。春には春のマンガを、夏には夏のマンガを、サエてる時はサエたマンガを、ダメな時はダメなマンガを描いちゃうんだろうな。

 いろいろ書いてきたけれど、結局のところマンガ家に必要なのは、馬が走るように、犬が吠えるように、人が祈るように、ひとコマひとコマ、一ページ一ページ、まるで息をするようにマンガを描き続けること。ただそれだけかもしれません。

 客観的視点から、創作物を「作品」と「商品」の両面から捉え、売るためにはどうするか、という実践的な内容の本書のラストはなんだか詩的。そして技術ではなく心のありようで締めている。そこで思ったのだが、一昔前の「マンガの描き方本」は大概マンガ家名義で書かれているため内容に個人が現れており、個人が語り掛けてくる感じがするが、最近の技術書はなんだか教科書みたいで個人の熱が伝わってこない。私には、そこが物足りない。そこで平成2年、『さいとうちほの まんがアカデミア』小学館刊(図10)のあとがき。

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さいとうちほの

(図10)平成2年、『さいとうちほの まんがアカデミア』小学館刊

 (前略)まんがはこの本に書いてあることだけではありません。だれもやったことのない技法も描き方もまだまだでてくるはず。それをやるのは、きっとこの本を読んでくださった皆さんです。(私だってやるけど!) まんがは、まだ未知数です。

 本書はマンガで描かれた「マンガの描き方本」で、表現も解説も分かり易く、作者も言う通り、「プロにもプロ未満にも役立つ」内容になっている。何より作者自身が現役のマンガ家であり続けている所に説得力があるし、なお開拓者たらんとする姿勢に後進は見習うべき点を見出しまくらざるを得まい。そしてまんがは、まだまだ未知数だと、重ねて言っとこう。

 お次は平成12年、構成・飯塚裕之 作画・すもと亜夢『めざせ!! まんがの星』小学館刊(図11)の最終章のコラムより。

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飯塚裕之

(図11)平成12年、構成・飯塚裕之 作画・すもと亜夢『めざせ!! まんがの星』小学館刊

 まんがに限らず、プロの道は何でも険しい!!最終的にプロになれるかどうかは、その険しさに耐えられるかどうかというコトなの!!プロの先生方が、そんな中で努力をし続けられるのは、他でもなく、まんがを愛しているからなのです!!そんなプロの先生方に追いつき追い越すためには、少なくとも「自分が誰よりもまんがを愛している」と胸を張って言えなければなりません。そう断言できれば、プロへの道はつながったも同然!!アナタもまんがの星をめざして頑張ってね!!

 勉強出来ないやつが、教科書の重要な部分に蛍光ペンでアンダーラインを引く際に、全文に線を引いてしまって教科書がまっ黄っ黄になっちゃったみたいに全文引用してしまったが、好きな事を仕事にするなら好きだけでは続かない。大好きでなければならないの!

 そして確かに努力は大切だが、その点に関して、昭和40年、やなせ・たかし『あなたのためのユーモア製造法 まんが入門』華書房刊(図12)には、こうある。

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やなせ・たかし

(図12)昭和40年、やなせ・たかし『あなたのためのユーモア製造法 まんが入門』華書房刊

 努力なくして成功なし。しかし中には努力、努力と絶叫する人がいますが、そんなに悲壮に努力しなくてもいいのです。楽しく努力しましょう。

 以前、藤子不二雄A先生のお言葉にもあったが、マンガの勉強は楽しくやりたいもの。いやいや本当は学校の勉強だって楽しいに越した事はないのだ。知らない事を知る、出来なかった事が出来るようになるというのは喜びなのだから。

 昭和24年、松山文雄『新しい漫画・童画・版画の描き方』日本出版配給株式會社刊(図13)でのまとめでは、

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松山文雄

(図13)昭和24年、松山文雄『新しい漫画・童画・版画の描き方』日本出版配給株式會社刊

 (前略)漫画には特別な技法はなく、あるものは無限に自由な技法です。(中略)しかし漫画がただひとつおそれるのは、彼の善悪を審判し、彼の命の綱をにぎっている母なる大衆の手です。

 お前は眞實を大衆に語ることができたかどうか。うそをつかなかったか。お前はわかりやすくおもしろく大衆に語ったかどうか。大衆をばかにして、どこの言葉ともつかぬ一人よがりのたわごとをいわなかったか。

 すいません! たわごとの国からたわごとを広めにきたようなマンガ、描いてます!! プロとして生きてゆく上で避けては通れぬ問題を突きつける一文だ。大衆を読者と言い換えて考えてみると、表現者として己の表現を広く世間に流布したいと創造した物が、作者の手を離れ、形態はどうあれ一度発表された途端、読者という実態のわからぬ集合体の評価の対象になり、売れたり、売れなかったり、連載が打ち切りになったりする。マンガ家もカスミを食べて生きているわけでは無く、たまにはパン粉とかマヨネーズも食べなくては生きてゆけないので、読者の事を考えねばならないわけだ。先程紹介した、しりあがり寿『表現したい人のためのマンガ入門』で、その点に触れているので、興味のある方にはご一読をお薦めする。この場で要約するには少し複雑過ぎて、内容が伝わらない恐れがあるし、かといって引用し過ぎると怒られる恐れがあるからだ。

 さて最後に紹介するのは、全体に優しくも厳しい眼差しを持ち、それでいて熱のある本、昭和41年、やなせ・たかし 立川談志『まんが学校 だれでもかけるまんが入門』三一書房刊(図14)で、やなせ先生は最後の最後で我々に檄を飛ばす。

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やなせ・たかし

(図14)昭和41年、やなせ・たかし 立川談志『まんが学校 だれでもかけるまんが入門』三一書房刊

 いろいろとかきました。あなたが世界的まんが家となった日にふたたびお逢いできる日を楽しみにしています。もしできればわたしがすっかり老人になった時「わたしがまんが家になったのは、あなたのまんが学校を読んだのが動機でした」といってくだされば、わたしにとって最大の幸福です。

 それではさようなら、活躍をいのります。がんばれ!いいまんがをかいてくれ!

 今はもう直接伝える事が出来なくなってしまったが、「がんばります!」と答えよう。

 さて、10回に渡り、連載させて頂いた本作も今回が一区切り。来年には1冊の本にまとまる予定です。きっと、再構成にてんてこ舞いになるであろうし、書き下ろしも多いので今から戦々恐々ですが、より洗練して再び皆様にお目に係れるように頑張ります。それではひとまずさようなら。いいまんがをかきましょう!!

文責/上野顕太郎

上野顕太郎/1963年、東京都出身。マンガ家。『月刊コミックビーム』にて『夜は千の眼を持つ』連載中。著書に『さよならもいわずに』『ギャグにもほどがある』(共にエンターブレイン)などがある。近年は『英国一家、日本を食べる』シリーズ(亜紀書房)の装画なども担当。「週刊アスキー」で連載していた煩悩ギャグ『いちマルはち』の単行本が発売中

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