香山リカ、小林よしのり氏からの「3つの質問と1つの要望」に回答【アイヌ民族否定問題】vol.2
※vol.1はこちら
すみません、「3つの質問」に到達する前にまたまた膨大な字数を費やしてしまいました。ここでようやく質問にお答えいたします。
質問1 アイヌの血が1%、和人の血が99%になっても「アイヌ民族」なのか?
民族とは、生物学的な概念ではなく、政治的・歴史的な概念です。「純血」「混血」といった考え方も社会的に生まれたものです。
「血の濃さ」で民族かどうかが決まるものではありませんが、どうしても答えろと言われたら、それは「はい」ということになるのではないでしょうか。ただし、どんなにその「血が濃い」としても、本人が自己認識もまったく持っておらず、Q2に記したような問題もない場合、完全に客観的な条件だけから「おまえは自分ではそう思っていなくてもアイヌ民族なのだ」と強要することはまさに暴力でしょうね。
質問2 アイヌ語も話せず、アイヌ文化を一切継承していなくても「アイヌ民族」なのか?
まったくアイヌ文化とは無縁な生活を送っていたとしても、父祖の戸籍に記された「旧土人」、そのアイヌ語の名前や写真などで「自分には和人とは異なる歴史が流れているのだ」ということを認識する機会はいくらでもあるでしょう。そして、そのこととどう折り合いをつけ、何者として生きていくか、自分で決めなければならないのです。それは、自分の民族は何か、自分は誰かをまったく考えずにすむ、私たち日本のマジョリティとはまったく違う出発点になるでしょう。
また、本人が「アイヌ民族ということは考えずに生きたい」と決めようとしても、外見的特徴や先代の活動などでアイヌとして生きざるを得ないケースもあります。そうしたバックグランドを持つ人が、たとえアイヌ語を学習せず、アイヌ文化を継承していない場合でも「私はアイヌ民族」と主張することは、あくまでその人の自由であるべきです。
質問3 自分の意思でやめられるようなものを「民族」と言えるのか?
言えます。前半で述べたように、もはや民族を絶対的・固定的ととられるとらえ方が、残念ですが古くなってしまったのです。
またQ2に記したように、そもそも出発点に差異があるわけです。自分が恣意的に「民族」と言ったりまたやめたり、というのはただの思考実験であって、現実的ではありません。もし、和人とは異なる自分の出発点を認識して「やはり私はアイヌ民族ではない」ということになれば、その選択を尊重すべきです。
要望 「アイヌ利権問題」について、わしよりずっと詳しく追及しているアイヌ系日本人の工芸家・砂澤陣と対談せよ。
これについては対談の意味もありませんし、現在はとてもその気持ちを持つことができません。
まず、私は「アイヌ民族はいる」と主張するアイヌの当事者やアイヌ協会を代理して発言しているわけではありません。以前も申し上げましたように、私はあくまで非アイヌ(つまり和人)というマジョリティ側として、「民族はいない」と主張する同じくマジョリティ側である小林氏に抗議しているのであり、「アイヌ系日本人」を名乗る、広い意味での当事者である砂澤氏と議論するのは私の目指すところではありません。
また砂澤氏は、これまでブログ、講演、CS放送、ツイッターなどで、あたかもアイヌは利権をむさぼるために「民族」と名乗っているかのように主張し、帳簿などいくつかの“不正の証拠”もネットで公開しています。また、そういった不正にアイヌ協会が構造的にかかわっているような発言もしています。
私は個々の不正やアイヌ協会内部の問題には、はっきり言ってあまり関心がありません。というか、差別是正政策には必ずこういうことが起きがちなので、それは個別に対策を考えていただきたい、と考えています。たとえ対談して、砂澤氏がいろいろ資料を見せてくださっても、「そうですか、それは問題ですね。それは摘発されて防止策が講じられるべきでしょう」としか言いようないのです。
私が主張したいことは、小林氏や否定論者に「アイヌ民族はいない」といった民族否定が誤りであると認めていただくことであって、「アイヌ協会の運営はすべて適切に行われている」と証明することではありません。
また砂澤氏の一連の主張により、多くの人たちが「利権を享受するためにアイヌと無理やり名乗っている人がいる」と誤解し、とくにツイッター上で「私はアイヌです」と名乗っている多数のアカウントに心ない誹謗中傷が寄せられ続けています。
以前は、高名なアイヌ芸術家である父親を持つ砂澤氏が、なぜ自ら「アイヌ系日本人」と名乗りながらここまで自分の属性が「民族」ではないとするのか、じっくり話し合ったら接点が見つかるのでは、と期待したこともありました。
しかし、とくにこの1カ月の砂澤氏のツイートには、私への批判、非難、さらには私の職業的な能力への誹謗、個人情報の勝手な公開などが目立ち、とても冷静に話して接点を探る、という対談にはなりそうにないことがよくわかりました。
これでは、もし砂澤氏と対談することがあっても、彼が心ない表現を多用しながらアイヌ民族否定を声高に主張することは間違いなく、とくにほかの当事者たちはヘイトスピーチを目にするのと同じショックを受ける危険性もあります。このような理由で、砂澤氏との対談は辞退させていただきたいと思います。
以上、「3つの質問と1つの要望」に答えてみましたが、これらはいずれも『創』での対談の中で、別の表現を使いながら話したことです。
なぜ何度も同じ話をし、同じ質問を受けなければならないかわかりませんが、どんな言い方をしても小林氏は「わしには納得できない」と言うばかりですから、これ以上、理解が深まることはないでしょう。
⇒vol.3に続く
文/香山リカ
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