香山リカ、小林よしのり氏からの「3つの質問と1つの要望」に回答【アイヌ民族否定問題】vol.3
※vol.2はこちら https://nikkan-spa.jp/828521
◆民族という問題には当事者がいる
私がこれまで述べてきたことは、「自説」ではなくていわゆる教科書的な現在の理解です。話をわかりやすくするために今回は『民族とネイション』からの引用を中心にしましたが、その一冊にのみ全幅の信頼を寄せているわけではなく、いくつもの文献に目を通してもっとも標準的な意見を紹介しています。小林氏はよく「自分の頭で考えよう」と言い、こうやって文献や国連宣言を依拠することそのものを否定していますが、専門家たちの長年にわたる議論の末の「その分野での現在のもっともオーソドックスな意見」は、専門外の私たちだからこそ尊重すべきではないでしょうか。
もちろん、持論はあってよいのです。学問的知見だって100年後には覆るかもしれません。とはいえ、こと民族という問題には、その現場に当事者たちがいます。そういう繊細な問題に関して発言するときは、私たちはよりいっそう慎重になるべきではないでしょうか。「学者は、宇宙は膨張してるなんて言ってるけど、私にはそうは思えないんだよね」といった持論とは、質が違うのではないかと思うのです(いえ、その素人の発言も、インフレーション宇宙論を一生かけて追及している科学者を十分、傷つけるものではありますが)。
これも繰り返しになりますが、今回、金子市議に端を発するネットでの「アイヌはいない」「アイヌはなりすまし」「みな不正を働いている」といった発言の嵐に、アイヌであることをカムアウトしている方、していない方(差別を怖れてできない方も含む)たちが、「心身の調子を崩した」とおっしゃっているのを直接的、間接的に聞きました。
その人たちは、「自分たちの利権がなくなるから」といった理由で傷ついているわけではもちろんありません。まわりにアイヌであることを隠していたり、アイヌ協会の会員でもなかったりする方も含まれるので、政策の対象にもならない方もいるのですから。ただその人たちは、良い意味でも必ずしもそうでない意味でも、自分たちがずっと対峙してきた「私はアイヌ民族」という問題を頭ごなしに否定されたこと、侮辱されたことに、深く傷ついたのです。それはとても、一部の否定論者が言うような「完全な同化が本人のたちのためでもある」「民族でないと言ってあげれば差別じたいがなくなる」といった単純な問題ではないことは、実は表現者でありこれまで人情の機微に触れるような作品も多く世に送り出してきた小林氏であれば、よくご存じのはずです。
◆最後に言いたいこと
最近、小林氏が社会学者の宮台真司氏と“共闘”して現政権にすり寄る社会に対峙する決意を語った、という記事が新聞に掲載され、大きな話題を呼びました。若い世代にも圧倒的な影響力のあるふたりが手を組めば、たしかに大きな力となるでしょう。
しかし私には、アイヌ民族をここまで否定する小林氏は、とくに在日特権といった虚妄にとりつかれ、排外主義的な発言を繰り返すいわゆる差別主義者たちとも“共闘”しているように見えてしまうのです。
「そんなわけはないじゃないか」とおっしゃるのなら、「私にとって民族とは見えないから民族ではない」という自説を勇気を持って手放し、今日もツイッターなどでアイヌ民族否定と「なりすまし」「利権・特権」のデマを繰り返し語るいわゆるネトウヨやレイシストたちに「もうやめなさい」と呼びかけていただけないでしょうか。
そうでなければ、宮台氏との“共闘”もそれこそ空疎な絵空事に終わってしまうことを、もう一度だけ、お伝えしておきたいと思います。
文/香山リカ
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