雑学

いまや特攻服は若者ファッションの一部となっている

「夜露死苦」「バリバリ」「なめんなよ」。今の40代がまだ中高生だったころ、一世を風靡したヤンキーファッションが時代を超えて流行の兆しを見せている。その背景とは?

◆特攻服は若者ファッションの一部になっていた

ヤンキー

自社ブランド「雷紋(サンダークレスト)」の変形学生ズボンの在庫状況を調べる米澤社長

 取材班が訪ねたのは、変形学生服や特攻服販売の最大手として有名な、岡山県玉野市の「プロス通販」。不良のバイブル的雑誌『チャンプロード』には、巻頭カラーで「アクティブな短ランは新入生にピッタリ!!」と衝撃的なキャッチコピーが入った広告が載っているが、10ページにもおよぶこのド派手でキャッチーな広告を出稿しているのが同社なのだ。

⇒【写真】はコチラ http://nikkan-spa.jp/?attachment_id=831917(米澤社長と、気合の入った特攻服の数々)

「以前は複数社が特攻服を作っていましたが、廃業したりカジュアル衣料に転換したりして、現在はほぼ当社の独占状態です。売り上げは毎年、前年比アップで推移しています。卒ランについては、今年1月と2月で全国から300着以上の注文をいただいています」

ヤンキー そう語るのは、ホームページで積極的に顔出しして名物キャラと化している米澤章雄社長。特攻服に15色のカラーバリエーションを持ち込み、異色の新機軸である特攻学ランやレディース特攻服などのデザインを自ら手がけるなど、ヤンキー界のファッションシーンを牽引する存在だ。

「特攻服というのは暴走族やヤンキーだけの特殊な服ではなくなって、もう若者のファッションのジャンルの一部になっています。だから、その流行り廃りを決めるのはお客さんではなく、お店の側。いくつも見本を作って雑誌やネットで広告を打ち、そのレスポンスを見て、プッシュしていく商品を決めていくんです」

 まるでミラノあたりの老舗ファッションブランドの総帥のような口ぶりで説明する。

「実際、当社のお客さんには本物の暴走族はほとんどいません。社会人の場合は、歌手のライブや、イベント、結婚式の余興などで使うという注文が多いですし、卒ランの注文の際にも、最初は本人が電話をかけてきますが、途中から『あ、お母さんに代わります』なんて気弱なコも。昔、ヤンキーをやっていたお父さんが自分のときは卒ランなんてなかったから、息子には気合の入ったものを着せてやりたいと思い注文するケースも」

 変形学生服や特攻服は、オモテのカルチャーに脱皮しつつあるようだ。かつてネット上の某巨大ショッピングモールに出店しようとした際は断られたが、10年を経た今では彼らのほうから出店してくれと頭を下げてきた。地元の銀行も、この業種には大きく成長する可能性があると注目し、融資を持ちかけてきたという。

「当社が何十年もかけて工夫してきた商品構成は、どこも真似できないでしょう。自社で新商品を企画して、一着ずつオーダーメイドで製造しているのは、おそらく当社だけです」

 米澤社長はそう言って胸を張るが、御年70歳で同社には後継者がいないという“衝撃の事実”も。変形学生服&特攻服の世界は、社長の長寿と、やる気ひとつに先行きを委ねている。“ヤンキー文化”は岐路に立っているのだ……。

取材協力/プロス通販(http://www.pros-online.jp/
― 今どきヤンキーファッション考現学【2】 ―




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