「あの3人組さえいなければ」YMOを疎んじた香山リカ氏の父

 香山リカ氏の不定期連載『人生よりサブカルが大事――アラフィフだって萌え死にたい!』の第5回が到着!

 前回の記事(http://nikkan-spa.jp/483100)から連載はプロレスから音楽の話題へと展開中。香山氏の人生において重要なポイントである「弟さん」がもたらした、サブカル的な影響とは?

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YMO

香山氏が初めて購入したYMOのアルバム『ソリッド・ステート・サバイバー』

 7月22日の深夜から15回にわたって放送されたNHK-FM「とことんYMOとその界隈」も、8月9日深夜で無事、終わった。

 MCは15回のうち12回が私、そして残り3回は私の5歳年下の弟なのであった。「なぜあんたの弟が!?」という声が聞こえてきそうだが、これはNHK側の事情(私はNHKラジオで毎週、別番組もやってるので)ならびに15回の構成、選曲のほとんどすべては弟がやっているので、「そんだけマニアならしゃべってみれば?」ということになったのだ。

 弟は、姉の目から見て、いや精神科医の目から見てもとにかく奇妙キテレツな人間で、私はこの仕事についてからひそかにずっと「コイツの診断は何だろう」と考え続けてきた。というか、患者さんたちには本当に申し訳ないのだが、新しいケースとの出会いがあるたび「この人と同じ疾患か」と思い、そして「イヤ、弟のほうが異様だ」と思う。その繰り返しでここまで来たと言ってもよい。

 その奇妙さ、異様さの内容を説明するとキリがないのでここではやめておくが、音楽がらみでひとつだけあげておこう。弟のひじには、いわゆる“床ずれ”ができたことがある。ひじをついて横になった姿勢であまりに長時間、CDを聴きすぎたからだ。私も最初「オレのひじが床ずれになったみたいだ」と聞かされ、「大げさな。せいぜいタコでしょ」と思ったのだが、見てビックリ。ホントに右ひじのあたりが大きくえぐれ、グロな状態になっていたのだった。

「ここから感染して死ぬんじゃないか」と思ったが、その後、「オレ、生活を大きく変えたよ。そうしたらひじも治ってきた!」と報告が来た。寝る向きを変え、左ひじをついて横になって音楽を聴くようにしたのだそうだ。ただ、今も彼の両方のひじには、大きなコブがついたようなタコができたままだ……。

 高齢でも栄養状態が悪いわけでもない人間が、ひじに床ずれを作ってまで聴き込む音楽とは何か。それが弟の場合は、YMOを中心としたテクノポップなのだ。しかも、そこから派生してどんどんいろいろな音楽を聴くわけではなく、ただひたすらに当時の曲を繰り返し聴いたりレア音源を集めたりするだけ。もちろん私もYMO周辺は相当に好きで、世間一般のレベルではマニアと言えると自負しているが、イントロを聴いて「ああ、これは80年のコマ劇場のYMOウィンターライブ、このときはコンピュータがうまく作動しなくて、若干、リズムが遅れてるんだよね」などと言うことはできない。

 私がYMOをはじめて知ったのは、たしか1979年、あの「ライディーン」や「テクノポリス」が入っている2枚目のアルバム『ソリッド・ステート・サバイバー』が出た直後あたりだったと思う。

 実はそれまで私は、こと音楽に関しては流行りものを一度も好きになったことがないという、煮ても焼いても食えない“クラシック女子”(当時はそんな言い方はなかったが)だったのだ。歌謡曲もフォークソングもロックもビートルズも、全部キライ。とはいえ、モーツァルトやベートーベンが好きでもなく、ショスタコービッチとかメシアンとか「20世紀のクラシック」のみを聴く、といういまから考えるとインテリぶったイヤな感じの女子大生だったのである。

 で、そんな私が突然、YMOに目覚めたきっかけ、これがまた突拍子もないのだが、それは五木寛之氏のエッセイによってであった。音楽に限らず、とにかく偏屈だった当時の私は『JJ』に背を向け、『朝日ジャーナル』『週刊朝日』といったアサヒ系の雑誌ばかり読んでいたのだが、そこでの連載に五木寛之氏がこんなことを書いていた。「商業ビルのエスカレーターに乗っていたら、不思議なBGMがかかっていた。ピコピコした音が降ってくる。尋ねるとイエローマジックオーケストラという日本のバンドだそうだ。」出典を確かめていないので言い回しなどにはまったく自信がないのだが、とにかくそんな内容だった。

 そしてこれを読んだ瞬間、私は「これを聴かねば!」という衝動にかられ、当時、住んでいた三軒茶屋のレコードショップに走って行って、ファーストとセカンド、2枚のアルバムを買ったのだ。当時の私は五木氏の小説はひと通り読んでいたが、熱狂的なファンというわけではなく、なぜ五木氏のYMO体験に触発されたのかは、今もって謎である。ときどき、「あのとき五木氏のエッセイに“すごい音楽を聴いた。ヒデとロザンナというデュオだ”“津軽三味線にしびれる体験をした”と書かれていたら、私の人生はどうなっていただろう」などと考えることがある。

 とにかくYMOの2枚のアルバムを買って家に帰り、プレーヤーに針を落とした瞬間から、私の生活は一変した。というより、文字通り寝食を忘れてヘッドフォンで繰り返し繰り返しそれを聴き、それ以外のことをしなくなる日々がしばらく続いたのだ(こうやって考えると私も弟とそう変わらないかもしれない)。YMOのホソノさん、ユキヒロさん、教授はそれまでもソロやいろいろなユニットで活躍してきた有名ミュージシャンだったが、とにかく私はショスタコービッチしか聴いたことがない女子大生なのだから、何もかもがいっさいわからない。「なにこのリズム、メロディー、歌い方、歌詞、ジャケット……」と状態だ。

 それからのYMO熱についての詳細は省くが、そんな日々のあと、大学の長期休みがやって来て東京から北海道の実家に帰省することになった。当時はiPodどころかまだCDもない時代だから、実家でも聴くにはレコードをそのまま持参するしかない。その頃、弟は中学生だったのだが、彼の奇妙キテレツ人生の中で神さまがお与えくださった唯一のリア充期にあり、地元の公立中学でバレーボール部に入り、ギターを買ってもらいニューミージックなどを奏でていた。けっこう同級生にもモテていたようだったが、おのずと私とはやや疎遠であった。

「ちょっとこのレコード聴いてみてよ」「いいよ、今日はクラスの女子と約束してるから」「じゃ、明日聴いて」「明日はバンドの練習あるんだよ。アリスのコピーしなきゃ」「アリスなんてもうやめなよ、YMO聴いてよ」「ウルセーな」といったやり取りが、私の帰省中、何度もあった。そして、いよいよ東京に戻る日になっても弟は私が持参したYMOを聴こうとしなかったので、私は家を出るときに彼のベッドの上に2枚のレコードと置き手紙を残して家を出て、再び東京へと向かったのである。

「姉より一生のお願いです。だまされたと思ってこのレコードを聴いてみてください」

 その2日後。興奮した弟から東京の私に電話がかかってきた。言うまでもなく弟も生まれ変わっていた。

 2年半ほど前に亡くなった私たちの父親は、生前、何度も言っていた。

「あの3人組さえいなければなあ……。息子はあの3人組にすっかりやられてしまって……。」

 あの3人組が、私ら姉弟の人生を丸ごと持ってってしまったのである。

 お父さん、ごめんなさい。でもあなたの娘と息子は、ついにあの3人組についてのラジオ番組まで担当するまでになったのです。天国でも聴けましたか、NHK-FM……。 <文/香山リカ>

ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー

香山氏が初めて購入したYMOのアルバム

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