俺の問題にはなるな――連続投資小説「おかねのかみさま」
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同日 17:45 蒲田 居酒屋リグレット
トトトトトトト…
健「オハヨウゴザイマース」
店「おはよー」
健「てんちょ、あの、ちょっとお話が」
店「ん?」
健「あの…バイト…」
店「ん?やめんの?」
健「!!!」
店「やめんでしょ」
健「え、いや、あの、はい…」
店「まぁねー、お前まだいいほうだよ。わざわざ面と向かって言う奴なんかいないわ最近。いつまで続けられる?」
健「いや、あの、さすがに僕の都合でご迷惑をおかけするわけにもいかないので…店長のご都合にあわせようかとおもってました…」
店「じゃあずっとやめないほうがいいんだけどなー」
健「スミマセン…」
店「まぁきいてもしょうがないけどさ、なんでやめんの?」
健「いや、あの、実家のしごとをてつだってくれっていわれまして…」
店「ほんとは?」
健「つかれました…」
店「おまえ正直なんだよねー。いいなー。そこだけはほんとにいい」
健「ありがとう…ございます」
店「で、やめてなにするの?」
健「いや、その、まだ、なにもきめてないです」
店「ほんとは?」
健「いや、とくに、ほんとに、少し休もうかなって…」
店「起業とかすんの?」
健「!!!!???」
店「あー。わかる。わかるなー。なんとなく世の中を楽しんできたらいつのまにかどこにも出口がない自分に気づいて、次の瞬間、遠く輝く光だけを頼りにやみくもに歩き始めてしまうその感じ。わかる。わかるよ」
健「て、店長もそんな経験があるんですか?」
店「いや、俺、昆虫好きだったから、虫ってそんな感じで飛んでくんだよね」
健「虫…」
店「えーとね健太、俺とお前は別に親子でも師匠でも弟子でもないし、単なる店長とバイトだ。そして俺はまぁ店長って名前の社員だけど、会社とは家族でもなんでもないし、客がキレたりするのを見たくないし、モメごともきらいだから、まぁ問題のない範囲で働いてる。だからお前も俺の問題にはなるな。つまり、次のバイトが見つかるまでは働いてくれよな」
健「わかりました」
店「あとな、起業ってのは誰でもできるけど、そのあとうまくいくかどうかってのは誰でもできるもんじゃねーぞ」
健「やっぱりそうですか」
店「うん。俺の同級生でもアプリつくってるやつがいるけど、まぁうるせぇの。ずっとしゃべってる」
健「なんのアプリ作ってるんですか?」
店「アリファンだよ」
健「え!アリンコファンタジー!!!すごい!!!」
店「な。もともと違うアプリつくってたんだけど、たまたま作って当たったんだってさ。こないだ同窓会で他のやつが言ってたけど、もう本人は同窓会にも来ないわ」
健「すげーー…」
店「だからさー、俺もそういうの見てってわけじゃないんだけど、努力を積み重ねた先に成功があるってのは幻想で、すべては運なんじゃないかなーって思うんだよね」
健「…」
店「だからこう、すげぇコトが起こるまではまじめに働いて、すげぇコトが訪れるのを待つっていうのが俺の最近のやり方かなー」
健「でも…」
店「ん?」
健「生きている場所によって…すげぇコトの内容って変わるんじゃないですか?」
店「どういうこと?」
健「お店で待ってて訪れるできごとって……そんなにすげくないんじゃないかと…」
店「…」
健「…すいません」
店「ま、いいよ。これから世界に羽ばたいていくんだから、応援してるわ。でもシフトだけは穴あけないでな。ほんとに」
健「わ、わかりました!!!ありがとうございます!!!!」
店「電話なってるぞ」
健「あ、はい!いってきます!」
トトトトトトト!!!
健「お電話ありがとうございます!!!あのときああしてれば今ごろはもっとこうだった!居酒屋リグレット蒲田店、担当健太でございます!!!」
次号へつづく
【大川弘一(おおかわ・こういち)】
1970年、埼玉県生まれ。経営コンサルタント、ポーカープレイヤー。株式会社まぐまぐ創業者。慶応義塾大学商学部を中退後、酒販コンサルチェーンKLCで学び95年に独立。97年に株式会社まぐまぐを設立後、メールマガジンの配信事業を行う。99年に設立した子会社は日本最短記録(364日)で上場したが、その後10年間あらゆる地雷を踏んづける。
Twitterアカウント
https://twitter.com/daiokawa
2011年創刊メルマガ《頻繁》
http://www.mag2.com/m/0001289496.html
「大井戸塾」
http://hilltop.academy/
井戸実氏とともに運営している起業塾
〈イラスト/松原ひろみ〉
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