更新日:2024年05月22日 23:28
ライフ

18歳で人気ホスト、有名イベントサークル設立…“リア充”を極めた大学生、意外なその後

 大学生にして1日で何百万円も売り上げる人気ホストを経て、有名アーティストやモデルが集う大規模イベントの開催者となり、脚光を浴びた毎日。そんなカネと欲望にまみれた日々を早くに経験し、「10代のうちにすべてやりつくしてしまった」と振り返る男はその後、どんな社会人になったのか。“リア充の頂点”を極めた大学生のその後を聞いた。

「女のコと話したい」がきっかけで、ホストに転身

金子雄太

金子雄太氏

「高校時代までは、甲子園を目指す高校球児として、ごく普通の生活を送っていたんです」  そう語る金子雄太氏は現在、人材会社で副社長として経営の一端を担っている。そんな金子氏の人生は大学進学のために関西から上京して、自身の環境は180度変わったという。 「高校時代までろくに女性と話をしたこともなかったので、『大学生になったからには、女性とちゃんと話せるようになりたい』と思っていたんです。そんなとき、渋谷でホストの勧誘を受けて。当時は風営法もゆるくて、未成年でもホストで働けたんですね。大学生活にもどこか物足りなさを感じていたし、ホストになれば女性と上手に話せるようになるのではと、18歳からホストとして働き始めました」
ホスト時代

ホスト時代は酒が飲めないという大きなハンディを乗り越え、人気を獲得

 昼は学校へ行き、夜はホストとして働く。そんな二重生活は、やりがいを感じるものだった。 「当時の僕は未成年で、お酒は飲めなかったので、なかなか売上が立てられなかったんです。でも、もとから負けず嫌いな性格で、がんばった分だけ順位も上がるのがうれしくて、盛り上げ役に徹して努力しました。最終的には、店内トップ3に入ってホスト看板に写真が載ったときは、本当にうれしかったですね」

芸能人やモデルを呼んで開催した、1200人のイベント

金子雄太

イベントサークル在籍時は毎夜、六本木に繰り出し、華やかな世界に身を投じていた

 10代にしてカネと欲望が渦巻くホスト世界を経験した金子氏だが、その後、また別の刺激的な世界へと足を踏み入れていく。 「大学に入って、初めてイベントサークルの存在を知ったんです。『東京の大学生は、六本木のクラブでイベントをやるのか!』と感動し、すぐにスタッフになりました。イベサーは『何人にチケットが売れるのか』が試される世界。スマホ4台を駆使して人脈を広げ、所属数か月にして100人以上のチケットを売りさばくようになりました。イベサー界隈では、『すごい新入生がいるらしい』と話題になっていたみたいです(笑)」  新人離れした活躍ぶりに目をつけられて、その後、日本最大級の学生イベントサークルと呼ばれることになる「SEEK」の立ち上げにもかかわることに。 「SEEKのイベントは、大手メーカーのスポンサーがついたり、芸能人も頻繁に参加したり、動く金額も大きかったりと、規模がデカくて毎日が楽しかったですね。ほぼ毎日、六本木に“通勤”して、六本木の外国人の黒服たちとすっかり仲よくなりました。あと、チケットのバック代や固定給で、かれこれ毎月50万円くらい稼いでいたので、学生にしてはお金を持っていた。昼食時になると、大学の学食の券売機に1万円を入れて、みんなに『好きなモノ食え!』とおごりまくってました(笑)」
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