「今夜、君に恋に落ちてしまいそうだぜ」――46歳のバツイチおじさんはクサすぎるセリフをさらりと口走った〈第32話〉
ケリー「ごっつ。スパゲッティの正しい食べ方、知ってる?」
俺「え?」
それは、予想外の展開だった。
ケリー「私、日本を旅したからわかるんだけど、日本人って麺を食べる時、音を立てるよね。お蕎麦とかラーメンとか」
俺「うん。まぁ、日本人はみんなそうするよね」
ケリー「でもね、スパゲッティは音を立てて食べてはいけないのがルールなの」
俺「……あ、……忘れてた。ごめんなさい。気をつける」
ケリー「それ、日本人の良くないとこよね」
それからケリーは日本人の悪い点を猛烈な勢いで列挙し始めた。
ケリー「なんで、日本人は英語が喋れないの?」
俺「いや、今の若い子は結構喋れると思うけど」
ケリー「でも、あなたの文法と発音、とてもおかしいわ」
ジャーナリストとして、間違った言葉に対するアレルギーがあるのかもしれない。
ケリー「ねぇ、ピーターパイパーの早口言葉知ってる?」
俺「英語学校で練習したけど」
ケリー「今、ちょっと喋ってみて」
俺「今?」
ケリー「うん、今」
俺「…わかった。Peter Piper picked a peck of pickled peppers.A peck of pickled peppers Peter Piper picked.If Peter Piper picked a peck of pickled peppers,Where’s the peck of pickled peppers Peter Piper picked?(ピーターパイパーは、1つのペックのペッパーピクルスを取った。 ピーターパイパーが取った1つのペックのペッパーピクルス。もしピーターパイパーが1つのペックのペッパーピクルスを取ったらピーターパイパーが取ったペッパーピクルスはどこにあるの?)」
ケリー「全然発音がなってないわね。もう一回」
それからケリーの英語教室が始まった。
さっきまで、ものすごくロマンティクな雰囲気だったのに。
一転してピーターパイパーの早口言葉を何度も喋ることになった。
ピーターパイパーからはロマンティクのかけらも感じることはできない。
さらに、上手に発音するともできない。
そもそもピーターパイパーって誰なんだ?
ペッパーピルクスってどこに売ってる?
もう、それすらもわからない。
完全に八方ふさがりだった。
ケリー「あー、イライラする」
俺も自分の英語力にイライラしていた。
ケリーも彼女の中の何かにスイッチが入ったようで、苛立ちが加速していった。
さっき見せた一人の女の子の目は一転して、またジャーナリストの目へと戻っていった。
ああ、ラオウだ。
また、ケリーのなかの闘将ラオウが出てきた。
俺は何度も噛みながら、ピータパイパーを連呼し続けた。
俺が噛めば噛むほど、ラオウの闘気が強まっているように思えた。
もはや、デート感を微塵たりとも感じなくなった。
ケリー「私、日本が好きよ。でもね、日本を旅した時、あっちこっちで『ガイジンガイジン』と言われ、すごく嫌な思いをした経験があって。私がゆっくりと英語で話しかけても、ほとんど理解をしようともせず、皆途中であきらめて逃げちゃうの。先進国なのに英語が通じないなんて」
どうやら日本人に対して何か思うところがあるらしい。
俺「いや、日本人はガイジンって言葉、悪い意味で使ってないと思うよ」
ケリー「そうなんだ。どういう意味で使ってるの?」
それから二時間ほど、国際化しない日本人への説教が始まった。しかし、さすがは優秀なジャーナリストだけあって、彼女の情報に何一つ間違いはなかった。
何度か話題を変えようとしたが、彼女のマシンガントークは止まらず、二時間ほどオーストラリア人ジャーナリストの感じる「ここがヘンだよ日本人」を聞き続けた。
「これ、デートじゃなくて取材だな」
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