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ダグ・ファーナスのハンブルhumbleな気持ち――フミ斎藤のプロレス読本#033【全日本プロレスgaijin編エピソード3】

ダグ・ファーナスのハンブルhumbleな気持ち――フミ斎藤のプロレス読本#033【全日本プロレスgaijin編エピソード3】

『フミ斎藤のプロレス読本』#033全日本プロレスgaijin編エピソード3は「ダグ・ファーナスのハンブルhumbleな気持ち」の巻。スーパーアスリート、ファーナスが16歳のときに交通事故で意識不明の重症を負ったことはあまり知られていない(写真は全日本プロレス・オフィシャル宣材フォトより)

 199X年  アメリカの地理にかなり詳しくても、オクラホマ州の片田舎にマイアミなんて町があることを知っている人は少ないだろう。  “マイアミ”といえばすぐに思い浮かぶのはフロリダのリゾート地だが、ロードアトラスの地図をたんねんにみてみたら、カウボーイ映画の舞台オクラホマにもマイアミがあった。  ダグ・ファーナスはこの町で少年時代を過ごした。オクラホマ州北東部のはずれに位置するマイアミは、人口1万4000人のスモールタウンで、いちばん近い都会のタルサからは車で約3時間の距離にあたる。  牧畜、畜産業が町の経済を支えていて、ファーナスの実家もまた農家を営んでいた。田舎町の少年にとって、学校のクラブ活動は生活の一部のようなものだった。ファーナスも中学、高校を通じてフットボール、バスケットボール、陸上競技に汗を流した。  そして、アメリカの少年ならだれでもいちどは夢みるように、いつかはプロのフットボール・プレーヤーになってスーパーボウルに出場する自分の姿を想像してみたりした。  父親が経営する牧場は地平線のかなたまで草原が広がり、毎朝、キッチンの窓から太陽が昇るのが見えた。母親は町の病院で看護師をしていた。  すぐ近所にはガールフレンドのジョディが住んでいた。マイアミにはファーナス少年のすべてがあった。 「“あれ”が起こるまでは、どんなことでも自分の思いどおりになると信じていた。ガキのころからオレは町のスーパースターだった。フットボールをやっても、バスケットボールをやっても、いつもオレがいちばんだったし、学校でも人気者だった。オレの力がおよばないものがあるなんて考えたこともなかった。……ほんの一瞬のできごとですべてが台無しになってしまうことがあるなんてわかるはずがなかった」  それはファーナスが16歳のときのことだった。町のフェスティバルでロデオ大会に出場したあと、ジョディといっしょに父親が運転するピックアップ・トラックの荷台に乗っかって家路を急ぐ途中、1台の車が猛スピードで後ろからトラックに突っ込んできた。  制限速度なんてあってないような田舎道での事故だ。しかも、相手は酔っぱらい運転だった。2台の自動車は大破し、荷台に座っていたファーナスはそのままハイウェイに投げ出され、意識不明となった。 「両ヒザ複雑骨折、ろっ骨5本骨折、鎖骨(さこつ)骨折、それから頭部の裂傷で58針も縫う手術を受けた。医者は『もう立って歩くことはできないかもしれない』といった。しばらくのあいだ、いったいなにが起こったかさえわからなかった。だって、きのうまでオレは元気にそのへんを走りまわっていたんだからね」  病院のベッドで寝ているうちに、それまで90キロ近くあった体重は70キロを割った。もちろん、学校へも行けなかった。  ケガの治療がひととおりすんだあとは、市内のリハビリ・センターに移されて理学療法のプログラムがはじまったが、それでもファーナスにはいったいなぜ自分がこんなところでこんなことをしているのかが理解できなかった。 「オレは病人じゃねえぞ、ってずっと思ってた。たまたま、なにかのまちがいでケガをして、たまたま偶然ここに入れられた、って感じだった。リハビリなんてクソ食らえだ。医者がなんといおうと知ったこっちゃないよ。いつになったらフットボールができるのか、とそればかり考えていた」  歩行器を使ってどうにか歩けるようになると、ファーナスはリハビリ施設にダンベルを持ち込んでウエートトレーニングをはじめた。地元のボディービルダー、デニス・ライトさんが毎日のようにセンターにやって来て、正しいウエートの使い方をファーナスにレクチャーしてくれた。  ライトさんに教わったウエートトレーニングは、リハビリ・センターでの訓練よりもよっぽどリハビリらしいリハビリだった。  ファーナスはボディービルの入門書をていねいに読みながら、少しずつ両脚、両ヒザの筋肉を回復させていった。あのものすごいサイズの大腿部のルーツはこのときのリハビリにある。
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けっきょく、リハビリ・センターには6カ月間いた
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⇒連載第1話はコチラ

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