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ブルーザー・ブロディ殺人事件The Murder of Bruiser Brody――フミ斎藤のプロレス読本#046【特別編】ブロディ・メモリアル・ストーリー

 事件の前日(7月15日)、ブロディは“刺殺犯”ゴンザレスとビクター・キニョネスのふたりと一台の自動車に同乗し、ツアー1日めの試合会場に向かった。ブロディとゴンザレスはこの時点ではふつうに会話を交わしていたという。  移動中の車のなかでは、ブロディが支払いを滞納していたとされるプエルトリコの税金(所得税)のことが話題になった。  ツアーに参加したアメリカ人レスラーたちはサンファン市内の“エル・カナリオ”というホテルに宿泊していた。事件当日、ブロディはダッチ・マンテル、トニー・アトラスの2選手といっしょに地元のジム経営者が運転する車に乗ってルブリエル・スタジアムに向かった。  3人がスタジアムに到着したのは午後7時過ぎ。事件現場となったベビーフェース側のドレッシングルームにはインベーダー1号(ゴンザレス)、カルロス・コロン(WWCオーナー)、ビクター・ヨヒカ(同共同オーナー)、TNT(サヴィオ・ヴェガ)、ミゲル・ペレスJr、インベーダー2号(ロベルト・ソト)、ウラカン・コステロJr、マーク&クリスのヤングブラッド兄弟らがいた。  ブロディはこの日、ダニー・スパイビーとシングルマッチをおこなう予定だった。マスクマンのインベーダー1号ことゴンザレスは、インベーダー2号とのコンビでロン&チッキーのスター兄弟とコールマイナー・グラブ・マッチで対戦することになっていた。  ゴンザレスが「アミーゴ、ちょっと来てくれないか」とブロディに声をかけ、ふたりはドレッシングルームの奥のシャワー室へと消えていった。  ゴンザレスの右手には白いバスタオルが巻かれていた。タオルの下には凶器となったナイフが隠されていたとみられている。  それから数分後、ドレッシングルームにいたほとんどのレスラーたちがブロディの悲鳴を聞いた。  血だらけになった腹部をみずからの左手で押さえながら、ブロディがシャワールームから出てきた。足どりはしっかりしていて、場所を確認するようにしてゆっくりとドレッシングルームの床によこになったという。腹部と胸を3カ所、刺されていた。  アトラスはたまたまシャワールームのすぐ外側に立っていて、ブロディとゴンザレスの口論を耳にしていた。マンテルはスタジアムの観客の入りぐあいを確認しにいっていたためその場にはいなかった。WWCのボス、コロンも席を外していた。  マンテルがドレッシングルームに戻ってくると、クリス・ヤングブラッドが「ホセがブロディを刺した!」と叫んでいた。マンテルがその“ホセ”がインベーダー1号=ホセ・ゴンザレスだということを理解するまでにさらに数分間の時間を要した。  フロアによこになったブロディを数人のレスラーたちが取り囲んでいた。会場警備の警察官数人がドレッシングルームに入ってきたが、なにもせずに出ていった。  アトラスが警官のひとりになんとか状況を説明しようとしたが、その警官は英語がわからない様子だったという。プエリトリコの試合会場では乱闘騒ぎは日常茶飯事だった。ゴンザレスもすでにその場から姿を消していた。  救急車はなかなかやって来なかった。ビクター・キニョネスが機転を利かせ、地元のラジオ局に電話を入れ、ラジオ放送で島内の救急車をスタジアムに大至急搬送するように手配させた。  緊急医療チームがようやくドレッシングルームに到着したのは、それから約40分後だった。ブロディの意識ははっきりしていて、急を聞いてかけつけたコロンに向かって静かな口調で「オレの家族をどうかテイクケアしてくれ」と頼んだという。  救急部隊が数人がかりでもブロディの体を持ち上げることができなかったため、アトラスがブロディを抱き上げてストレッチャーに乗せた。
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マンテルがブロディの死を知ったのは、翌朝だった
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⇒連載第1話はコチラ

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