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極道出身の作家が明かす地元・尼崎でのヤクザ人生16年「苦しいことの連続だった」

引退を告げた際、母と妻が投げかけた言葉とは?

――脇を固める人たちも魅力溢れます。ホワイトブッチャーという沖田さんの舎弟分は、実にコミカルですね。 沖田:彼は今回の本では完全に脇役なんですがね。自分が主人公として書かれてると勘違いするような天然です。「いいシノギ思いつきましたわ」言うので聴いたら、警察署の前を通る車に足を踏ませてから因縁つけるという。それ当たり屋やないか、と。本人は「警察署の前では誰もやらんでしょう」と得意げだった、なんてことも過去にありました。  ただ、腕っぷしは滅法強い。ヤクザ同士の掛け合いになっても、座布団(役職、立場)関係なしに突っ込むんで、一見頼りになるんです。ところがあまりに空気が読めない。GOサイン出す前に暴れ始めてしまうので、ずいぶん手を焼きました。 ――作中、シリアスな場面にも遭遇します。尼崎で16年間続けたヤクザを辞めると決めた日、どんな思いだったのでしょうか。 沖田:親分の引退に合わせて、自分も身を引くことにしたんです。今でも覚えてます、本部の3階にある組長室を出て1階に降り、外に出てから携帯で母にかけて。次に、嫁さんにかけて。 「ほんまにそれでいいの?」  2人から、同じことを言われました。ヤクザ辞めて、社会人としてやっていけるのか? という不安を感じていたんだと思います。今でこそ文筆でいろんな媒体に書かせてもらってますが、当時はそう思われても仕方なかったでしょうね。 ――ヤクザを辞めて、後悔や未練はないですか? 沖田:ありません。今は文筆で名を成したい、と真剣に取り組んでいます。人に茶化されようと、無理やと言われようと、それは曲げないつもりですし、色んな縁にも恵まれ前に進んできている手ごたえも感じています。  ただ、尼崎という土地に関していえば、ヤクザを辞めた今でも、汚されたくないという気持ちはある。これは男なら当たり前のことだと思います。これが私なりの愛着なのかも。住みづらい街ですけど、離れることもできないこの尼崎で、これからも物を書いていくでしょうね。
尼崎の一番星たち

「アマ」の愛称で親しまれる尼崎を舞台に、ヤクザ社会に身を置く男たちの群像劇が描かれている。サイゾー刊

■沖田臥竜(おきた・がりょう) 作家。1976年兵庫県尼崎市生まれ。20代で暴力団組員になり、山口組系直系組織の幹部を務めたが、組織の解散に伴い引退。12年間の収監生活の中で、文筆活動を始めた。2016年にアウトロー小説「生野が生んだスーパースター文政」(サイゾー)を出版。山口組分裂の分析も行っている
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尼崎の一番星たち

濃密すぎる「泣き笑い」そして「生」と「死」。元山口組二次団体最高幹部、極道作家が描くリアルアウトロー小説。

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