更新日:2022年12月28日 18:12
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海外移住も考えた乙武洋匡氏。1年間の「世界放浪」で生まれた決意とは?

―[SPA!創刊30周年]―
 2016年3月、乙武洋匡氏の運命は激変した。週刊誌による不倫報道をきっかけに約8か月にわたり仕事を自粛する生活に入ったのだ。その時期のことを本人は「自業自得なのでしょうけど、正直しんどいものがありました」と振り返る。そして、2017年3月から1年に渡り、世界37か国を回るほぼ世界一周の旅に出た。

乙武洋匡氏

 ビザの関係で数度の一時帰国はしていたものの、この4月に世界一周の旅から本格的に東京に戻ってきた乙武氏。一時期は海外移住も考えたというが、果たして、海外で何を見て、何を決意したのだろうか?  まず、世界を旅するきっかけになったのが、自粛期間中の2016年8月にパレスチナのガザ地区に招かれたことだった。もともと海外にはよく渡航していた乙武氏だったが、この時期にガザ地区を訪問し、現地の人々に歓迎されたことは特別な経験だったようだ。 「まだメディアに復帰していない時期だったんですけど、友人がガザ地区で支援活動を行っていて、『サポートに一緒に来てくれないか』と声をかけてもらったんですね。当時、日本でできることもなかったので、何か海外で自分が役に立てることがあれば、という思いで行かせていただきました。そこでイベントに登壇してスピーチをしたんですが、ガザの方々がスタンディングオベーションで拍手を送ってくださって……僕自身も胸が熱くなったというか、自分自身が何も社会のために役に立てないという事実に、自業自得ながらすごく絶望していた時期だったので、海外の方のお役に少しでも立てたことが、本当にうれしかったんです」  パレスチナのガザ地区は「天井のない監獄」と呼ばれる閉鎖された地域だ。150万人の住人のうち120万人が難民と言われており、壁に囲まれている。2014年にはイスラエル軍による空爆があり、この4月にも対イスラエルの抗議デモにより30名以上の死者が出ている。そのような場所で乙武氏は何を語ったのか? 「世界で最も絶望的な地域と言われているような状況のなかで生きている方々に、『私も環境はまったく違いますけど、生まれたときには最も絶望的な状況と言われていました。でも、自分が希望を持って、やりたいと思ったことに対してしっかり歩んでいけば楽しい人生を送ることは可能になる。ガザ地区に暮らす皆さんがさまざまな制限を受けて、打開策がない状況ということは重々理解していますけど、決して希望だけは失わないでください』というお話をさせていただきました」  このスピーチに対する拍手が、乙武氏の頭の中に強く残った。「今後、日本では自分がやりたい活動はできないかもしれない。しばらく海外に出てみるのがいいのかな」と、考え始めたという。そして、翌2017年の3月から、乙武氏は世界を放浪することになる。ヨーロッパに5か月、中東、アメリカ4都市を回り、ジャマイカ、キューバの中米2か国を経て、オーストラリアに1か月半滞在。それから、アジアへ1か月、アフリカへ1か月という行程だった。南米へは、2016年のリオ・パラリンピックのときに訪れているので、今回の行程からは外されたが、ほぼ世界一周だ。  特にロンドンでは、今後の自分自身のライフスタイルに影響を及ぼしそうな経験をしたという。それは、ロンドンの人々の働き方を目の当たりにしたことだった。 「ロンドンって、滞在してみる前はニューヨークや東京と同じような慌ただしい大都市なのかなと思っていたんです。でも、多くの人々は5時には仕事を切り上げて、パブで飲んでいたりというライフスタイルなんですよね。仕事が終わっていなくても5時で帰るし、土日は働かないし、電車もしょっちゅう止まる。これを見たときに『過労死という英語はKaroshiだ』、つまり、『英語圏では過労死という事象はほとんど起こらないのでそれに対する英語がない』と言われるのがすごくよくわかりました。欧州ではあくまで生活のための仕事という位置付けなのに対して、日本では仕事が生活の中心になっている。そうした違いが実感できたのはすごく大きかったですね」  こうした体験をはじめ、世界各地で様々な人々と出会い、多くの出来事を経験したことによって価値観を揺さぶられることが多くあったと話す乙武氏だが、現在は次のような境地に達しているという。 「騒動以前は、『日本社会にも多様性をもたらしたい』という一心で活動してきました。でも、今となっては国内でそうした活動をしていくことも難しいし、海外にはそういう都市も存在する。だったら、移住してしまうおうかなと揺らいだ時期もありました。それでも、やっぱり東京に戻ってきた。それはやはり、あの騒動以前に成し遂げたかった、どんな境遇の人でも多くの選択肢とチャンスが与えられる社会を作りたいという、その思いをどうしても消し去れなかったんですね。だから、そのために今すぐ何かができる環境にないのがすごくもどかしいんですけど、いつかまたそういったことに取り組める自分になれるように、今やるべきことにひとつひとつ全力で取り組むことが大事なのかな、と思っています」  乙武氏はこの37か国を旅してきた経験で見えたものを、5月20日(日)の14時から東京都渋谷区のLOFT9 Shibuyaで行われるイベントで語りつくす予定だ。 取材・文/織田曜一郎(週刊SPA!) 写真・植松千波
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