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正月に集まると必ず一人はいる、インチキおじさんの思い出――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第24話>

チンコを取ってスターに返り咲いたおじさん

 それでも、あまりの即答ぶりと、一点の曇りもない瞳で平然と嘘をつくインチキおじさんにキッズたちは信じ始めていた。こいつ、本当にチンコ取ってるぞ、と。  「なんで取ったの?」  またサトシちゃんがたずねた。  「面倒だからさ、チンコとかそういうの」  なんだか知らないけどすげーかっこいいセリフだと思った。面倒だから取る、チンコとかそういうのどうでもいい、ぶっきらぼうにそう言うおじさんが無頼派のサムライのように見えた。こいつは本物だぞ、とキッズたちがざわついた。  「さあ、子供は外で遊ぶもんだぞ、おじさんと外で遊ぼう!」  人気者に返り咲いたおじさんは、天を貫く勢いで両手を掲げてそう言った。彼に対して「こいつしょぼい大人なのでは?」と懐疑的だった僕たちは、「寒いから」「テレビ見たい」などとおじさんの申し出を断っていたが、チンコを取った風来坊の提案とあっちゃ断れない。久方ぶりに外で遊ぶこととなった。  公園に向かう道中もチンコの話題でもちきりである。正月からチンコチンコと連呼して歩いていた。どんな一族だ。  近所の公園は、さすがに正月から遊ぶ連中もいないらしく閑散としていた。そもそも貰ったお年玉握りしめておもちゃ屋に走っている。茶色く色づいた芝みたいな雑草だけ冷たい風に吹かれて揺れていた。  「野球をやろう、野球を」  おじさんはそう提案した。でも、できない。グローブはない。ボールもない。バットもない。道具が何もないのだ。  ただ、この公園は片隅に置かれたプレハブにバットとボールが常備されていた。それを使えばやれるだろうという提案だ。ただ、グローブがないので素手でやる必要がある。ボールは硬いやつだ。こんな寒い中でやったら絶対に手が痛い。できればやりたくない。けれども、チンコを取ったスーパースターの提案、断れるわけなかった。  スーパースターはピッチャーと相場が決まっている。おじさんは自然とピッチャーに収まった。完全に人数が足りないので、不完全な守備位置にキッズたちが散らばっていく。バッターはサトシちゃんでキャッチャーが僕だった。 おじさんが豪速球を投げる。  ズバン、サトシちゃんが空振りをし、僕の手にボールが収まった。めちゃくちゃ痛い。よくよく考えたら素手のキャッチャーが一番痛いポジションじゃないか。というか、おじさんも、子供相手に投げるレベルの球じゃない。本気が過ぎる。こいうところがダメな大人なんだ、そう思うが、今はチンコを取った勇者だ。さすが勇者、あっぱれである。  とにかく、サトシちゃんが空振りすると僕が痛い思いをするので、とにかく当てて欲しい、空振りだけはやめて欲しい、そう願った。そんな中で、おじさんが振りかぶってまた豪送球を投げてきた。 カキン 冷たい空気を切り裂くような快音が公園に響き渡った。 ボゴン それから少し間をおいて、聞いたことないような鈍い音が公園に響き渡った。
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 「大丈夫だよね、おじさん、チンコ取ったし」
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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