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寂しくたっていいじゃない。世界のおっさんへ、少し早いメリークリスマス――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第22回>

 昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第22話】おっさんたちのクリスマス 街角からマライアキャリーが聞こえ始めた。こうなってくるといくらおっさんといえども妙に浮足立ってくるものだ。 並木にくくりつけられたイルミネーションの電球が窓ガラスに反射し、眩いばかりの光があたりを包み込む。幻想的な光はどこか優しく、どこか忙しない。それを眺めることは恋人たちの特権のように思えるかもしれないが、おっさんだって眺める権利くらいはある。うっとりする権利くらいあるのだ。 おっさんたちのクリスマスはどこか物足りない。 あの日ほど、そのことを痛感した日はなかった。何年か前のクリスマスイブのことだ。とてもとても冷え込む寒い日で、寒さを避けるように適当に入った居酒屋で酒を飲んでいた。 クリスマスイブだというのに、ひとり、小さな居酒屋でお酒を飲む、ずいぶん可哀想なおっさんだな、僕は、そう自虐的に考えながらレモンサワーを飲み干した。 威勢よくイカ焼きを注文した。 すると店の大将が「すいません、イカが切れちまいまして」と申し訳なさそうに言った。それ自体は別に良かったのだけど、問題は、そう言いながら思いっきり大将の右手にはイカ焼きが握られていた点だった。 「あ……」 別に文句があるわけでもなく、たぶんそのイカ焼きで最後という意味だったのだろうけど、イカが切れたと言いつつイカを握っている姿が面白く、そんな表情を見せていたら、大将が言い訳するように付け加えた。 「あちらさんので最後なんですわ」 店の一角に陣取っていたおっさんグループを指差した。そこにはまるで誓いの盃のようにしてハイボールを酌み交わすおっさんたちの集団があった。3人で仲良さそうに話をしながらわいわいと飲んでいる。きっとクリスマスなんて、みたいな会話をしているのだろう。みんな似たようなものなのだ。 「いいよいいよ、イカ焼き、そちらにあげて」 僕らのやり取りを見ていたのか、その中のリーダー格っぽいおっさんが胸の前で右手を激しく揺らしながらそう言った。目が痛くなるほどの赤いシャツを着たおっさんだ。 「そんなあ、悪いですよ」 そう言って固辞すると、さらにおっさんは声のトーンをあげた。 「今はイカって気分じゃねえんだ、食ってくれ」 じゃあなんで注文したんだよ、と思いつつお言葉に甘えることにした。なにせ僕はずいぶんとイカっていう気分だったのだ。 「そのかわりと言っちゃなんだけど、俺たちの話でも聞いてくれないか」 赤シャツが少し神妙な表情に変わってそう提案してきた。 どうやらおっさんたちは、毎年クリスマスイブにこの店に集まり、クリスマスの失敗談を話しているらしい。けれども、そもそもおっさんになると新たにクリスマスエピソードが生まれることもなく、結果、同じ話ばかりを繰り返すことになる、そう言っていた、早い話がマンネリだ。 話す方もマンネリ、聞く方もマンネリ、そういった現状を打破したいから、話を聞いてくれないか、ということだった。 「今日はクリスマスイブだ、聞いてくれよ」 赤シャツはそう言った。 「いいですよ」 なんだか面白そうだと思い、もらったイカ焼きを頬張りながら、椅子ごとおっさんたちの席へと移動した。
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その1 流血のクリスマス
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