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薄れゆく意識の中、脳裏に響いた前田敦子の声――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第21話>

 昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか——伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第21話】フライングゲット  もう何年も前の話になるが、西武ドームで行われたAKB48のコンサートに行ったことがある。  アイドルグループのコンサートなんて初めての経験で、会場を包む異様な雰囲気に圧倒されたのを今でも覚えている。  野球ファンの方ならご存知かもしれないが、西武ドームはあまりコンサートには向かない会場だ。構造上、あまり空調が効かず、夏はかなり蒸し暑い。もともと野球をする場所なのだから、音響もそんなにいいものではない。夏真っただ中に行われたこのコンサートも例外ではなく、異様に蒸し暑く、さながら地獄のような様相を呈してた。  ローストされたオタができるのではないかという異様な熱気の中、ついに事件が起こった。僕の隣のオタが嘔吐する素振りを見せたのである。  1曲目から悪い薬でもキメたかのようにハッスルしていた彼は、独特の、そういう動きをするおもちゃのように動いて汗だくになり、よく分からない体液などを振りまきながら、ついにアンコールを大合唱する段階で限界を迎えたようだった。  「アンコール! オエッ! アンコール! オエッ!」  完全に嘔吐を予感させるレベルの音声が混じっているが、彼はコールをやめなかった。それどころかその不穏な音声すらリズムに合わせてしまい、コールを続けた。  このままでは吐き出すだろう、開演前に美味しそうに食べていたグルグル巻きのパンみたいなものを吐き出すだろう、そう感じた僕は彼から距離をとりはじめた。  しかし、彼は嘔吐しなかった。  颯爽とステージ上にAKB48グループのメンバーが飛び出してくる。アンコールが始まるのだ。西武ドームが大歓声に包まれた。件の彼も、空気を入れなおしたビニール人形みたいに復活し、狂ったようにサイリウムを振っていた。  西武ドームが揺れていた。  もう、彼は、サイリウムを振り乱し、液体と固体の中間みたいなドロドロとした動きを見せていた。熱狂とはこのことだ。彼自身が嘔吐物なんじゃないかという勢いで、よく分からない体液を振りまいてグジョグジョに動いていた。  会場を見渡してみても、異様な暑さにローストオタとなっていた面々は息を吹き返していた。ゾンビのように息を吹き返していた。  それどころか、どんどん加速度を増してエネルギッシュになっていた。この力を発電などに利用できるのではないかと思ったほどだった。オタたちは何だって耐えられる。そう思った。  けれども、耐えられない人がいた。ステージ上の人たちだった。  おそらく熱中症かなにかなのだろうけど、グループ不動のセンターである前田敦子さんが倒れたのだ。この異様に蒸し暑い西武ドームでのコンサートももう何日目かで、疲労がたまっていたのだと思う。  アンコールの何曲目かになって、ステージ上から前田敦子さんの姿が消えた。これにはローストオタたちも動揺が隠せなかった。  けれども、とても奇妙なことなのだけど、前田敦子さんがいなくとも曲は続いていき、さらには前田敦子さんの声も聞こえ続けた。何も変わらず、元気そうな前田敦子さんの歌声が西武ドームに響き渡ったのだ。  ああ、やっちゃったな、これは口パクとかいうやつじゃないのかな。たしかに、この猛暑の西武ドームで激しく踊りながら歌うなんて無理なことだ。音声だけあらかじめ準備したやつを流したりしているのかもしれない。よく分からないけど。  予期しないアクシデントにより“聞こえないはずの声”が聞こえた。それは誰の目にも、いや誰の耳にも明らかだった。隣の嘔吐オタもさぞかし落胆しているだろうと視線を移した。
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歓喜のドルオタ「あっちゃんの、あっちゃんの、声が聞こえる……!」
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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