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お嬢様が15歳でヤンキーに転身した理由「パトカーはタクシー代わりだった」

「昔は俺もやんちゃしててね……」とワルかった時代を自慢げに話す男性は多い。今は立派な社会人に変貌を遂げていても、実はヤンキーだったという過去を持っている人もいるだろう。  しかし、「お嬢様からヤンキー」という、あまりにもふり幅の大きな人生を歩んだことのある人はほとんどいないはずだ。そこに大きなカルチャーショックがあることは想像にかたくない。
鈴木セリーナ

超お嬢様育ちで元銀座No.1ホステス、現在は経営者の鈴木セリーナ氏。実は10代の頃にヤンキー化した経験がある

 元銀座No.1ホステスで現在は会社経営者でありマルチクリエイティブプロデューサーの鈴木セリーナ氏は「母方の祖父母が大分で温泉の源泉の権利を持っている湯元だった」と話す“超”がつくお嬢様育ち。しかし、15歳でヤンキー化、17歳でヤンキーの彼氏との子を妊娠するなど波乱万丈な人生を歩んできた異色の経歴の持ち主でもある。  今回はそんな鈴木セリーナ氏が「お嬢様からヤンキー」に変貌を遂げる中で見た、知られざる「ヤンキーの実態」について教えてもらった。

絵に描いたような恵まれたお嬢様として育つ

 大分県出身の鈴木氏。両親が離婚し父親はいなかったものの、「母方の祖父母が大分で温泉の源泉の権利を持っている湯元だった」と言うだけあって、他の家庭よりもずっと裕福な生活を送っていた。幼稚園は地元の名門私立幼稚舎、小中学校は国立附属に通っており、さらに週7でおけいこに通う日々。 「普通以上に優等生な子でした。オペラでは全国大会に出場しましたし、ピアノも大会で優勝、そろばんは2級を取得したんです。ありとあらゆるおけいこをやっていたので、毎日学校行って、おけいこ行って、塾……みたいな」  一貫校だったのは中学までだったため、中学3年生の時には全生徒が高校受験をしなければならなかった。多くの生徒が「お金持ちの子」だったこともあり、約90%の生徒は地元の名門に行くことが多かったというが……。 「すごく成績は良かったですから、そのまま受験すればその名門校に行けたかもしれません。でも、外の世界が見てみたくて。そのために、中学3年生の1年間で急激に『この成績じゃ名門校に進学できない』っていうレベルまであえて成績を下げていきました。そして、地元の公立高校へ進学しました」  優等生を長く続けた反動もあったのかもしれない。そうして入学した高校は、周囲の同級生たちは中学までのように「お金持ちの子」ばかりではなかった。高校に入学した直後も週7日のおけいこは続けていた鈴木氏だったが、まわりの環境を見渡すなかで「自分は普通の子とは違うのではないか?」という疑問がわいてきた。 「私以外の多くの同級生は、学校が終わったあとにお茶しに行ったり遊びに行ったりしていたんです。なのに学年で私だけが母が迎えに来ておけいこに直行。どうして私だけ遊べないのだろう? もしかして普通とは違うかも? と気が付いたんです」
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高校入学後、急激にヤンキーへ
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