仕事

僕がネットカフェ難民になるまで。心を病む仕事を捨て、自由を求めた代償は…

ネットカフェ生活の始まり

小林ていじ

自分の意に沿わない仕事に嫌気がさした(撮影/藤井厚年)

 その数か月後、僕は24時間営業のマクドナルドで100円のコーヒーを飲みながらノートパソコンで原稿を書いていた。しかし、それはライターの仕事ではなく、小説の原稿だった。  あれからじっくりと考え、僕はプロのライターであろうとすることをやめた。意に沿わない仕事はすべて断ることにしたのである。そしてその結果として、ライターの仕事はほとんどゼロになっていた。  小説は何年も昔からずっと書いていた。小説を書くことは僕にとって聖域だった。そこでは自分のありのままの感情をストーリーに乗せて表現することができた。それまでは片手間に少し書く程度でしかなかったのだが、ライターの仕事がなくなって時間があり余るようになり、ひたすら小説ばかり書き続けるようになった。 「ふう……」  文章が一区切りついたところでノートパソコンを閉じた。カップにわずかに残っているぬるくなったコーヒーをごくりと飲み干す。体にじわりと広がっていく心地よい疲労感と充実感。久しぶりに味わう感覚だった。  時刻は午後10時をまわっていた。着替えの衣類や日用品などの入ったリュックを背負って店を出た。そして向かった先はシェアハウスではなく、ネットカフェである。シェアハウスは家賃を払い続けることが厳しくなってすでに引き払っていた。僕にはもはやネットカフェに泊まってその日暮らしをするだけのお金しか残されていなかった。  ネットカフェのフロントでいかにもやる気のなさそうな店員に会員証を提示する。 「ご利用時間は?」 「8時間のナイトパックで」  ほとんどのネットカフェでお得な8時間のナイトパックが設けられており、料金はシャワー代込みでだいたい2000円前後だった。
ネットカフェ

※画像はイメージです(Photo by Photolibrary)

 仕切り板と扉で個室になったフラット席にリュックを下ろすと、着替えの服やタオルなどをもってすぐにシャワールームに向かった。そこで体をきれいに洗い、ドリンクバーのお茶と本棚の漫画を1冊手に取って席に戻る。お茶を飲みながら漫画をパラパラと少しだけ読み、すぐにマットに横になった。ナイトパックの8時間はダラダラと漫画を読むのではなく、できる限り睡眠に充ててしっかりと体を休めたかった。  しかし、隣の個室からのいびきがうるさく、すぐには眠れそうになかった。スペースもあまり広くないので体を真っ直ぐに伸ばすこともできない。仰向けで膝を少し折り曲げ、天井の剥き出しになったダクトをぼんやりと見つめた。  書きたくないことを書くのをやめ、書きたいことだけを書くことを選んだ。その代償はそれなりに大きかった。もしかしたらこの先、さらに落ちた生活を送ることになるかもしれないが……。 「でも、それでいいんだろ?」 「うん、それでいいよ」  明日すら見えない不安な日々。それでも、心の中で二つの人格が喧嘩をすることはもうなくなっていた。 「ぶひッ……ぶひッ……」  隣の個室の客が豚の呻きのような声をあげ、いびきが止んだ。ようやく静けさの訪れた店内で僕はそっと目を閉じた。<文/小林ていじ>バイオレンスものや歴史ものの小説を書いてます。詳しくはTwitterのアカウント@kobayashiteijiで。趣味でYouTuberもやってます。YouTubeで「ていじの世界散歩」を検索。
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