仕事

チンピラ社員からゲキが飛ぶ、ゴミ分別の日雇い派遣で悟った小さな恋

 “日雇い派遣”と聞けば、一般的に過酷なイメージがあるはずだ。なかには完全な肉体労働もあるが、実際にはさまざまな職種があり、ある程度は希望に合わせて働くことができる。男性だけではなく、女性もいる。僕は日雇い派遣で飲食系の仕事をやることが多かった。が、希望通りにいかないこともある。  ある日、いつものように派遣会社に電話して訊いた。 「明日、飲食系の仕事はなにがありますか?」 「飲食系はないですね。箱詰めのライン作業とかありますけど、どうですか?」  工場や倉庫の軽作業はあまりやりたくなかった。が、飲食系の仕事がないということなので、仕方なくそれを受けることにした。

駅前で派遣の人たちと待ち合わせ

小林ていじ

現在、日雇い派遣の仕事などで生活する筆者・小林ていじ(撮影/藤井厚年)

 翌日、現場の工場の最寄り駅で他の派遣の人たちと待ち合わせた。その日の派遣は僕を含めて4人。全員揃ったところで派遣会社に電話し、駅前のバス停で現場の工場に向かうバスを待った。その間に小雨がパラパラと降りはじめた。2月の小粒でも冷たい雨だった。 「やばいな。傘持ってきてないよ」  僕がそう言うと、いっしょにバスを待っていた派遣の女の子が歩道柵に掛けられていたビニール傘を指さして言う。 「あそこに傘ありますよ」 「もらっていいの?」 「いいんじゃないですか。捨てられているやつだし」  僕はそこに近づいてさりげなくスッとビニール傘を手に取る。そして彼女のところに戻り、それを高く掲げてこう言った。 「勇者の剣を手に入れた」  すると、彼女はそれにぶッと噴き出す。屈託のないかわいらしい笑顔だった。あ、こんなので笑ってくれるんだ……と少し嬉しくなった。  工場に向かうバスの車内で彼女と話した。彼女の名前は千里(仮名)。都内の大学に通う大学一年生。ときおり日雇い派遣でこういった軽作業の仕事をしているのだという。その日は2月14日のバレンタインデーに近かったので、話題はそのことに移っていった。 「私の男の知り合いでバレンタインデーめんどくさいって言ってる人いますよ。何個もチョコもらうらしいんですけど、ホワイトデーにお返ししないといけないから」 「ものすごくムカつく悩みだよね。僕なんてホワイトデーのお返し以前に1個もチョコもらえないってのに」 「え、もらえないんですか?」 「ぜんぜんだよ。もう何年ももらったことない。もしチョコくれる女の子がいたら、絶対にホワイトデーにお返しするのにな」 「本当にお返しします?」 「するよ。する、する。何倍にもしてお返しするよ」  そんなことを話しているうちにバスは工場前のバス停に到着した。  仕事内容はベルトコンベアの両側に何人もスタッフが立ち、流れてくる箱に玩具を詰めていくというものだった。途中で何度かポジション交替があり、箱の組み立てなどの作業もあったので、それほど単調さを感じることなく仕事を進めることができた。仕事中、千里と目が合うと、彼女はにこりと笑みを浮かべた。  そして作業終了。現場主任が大声で掃除の指示を出す。スタッフは掃除用具入れのロッカーから次々とほうきやちりとりを持っていく。僕がロッカーに行ったときにはそこにはもうほうきの先の部分が取れたただの棒しか残されていなかった。仕方なくそれを手に取り、千里の前でそのただの棒をほうきのように動かして言った。 「よし、さっさと掃除を終わらせて帰ろう」  すると、彼女はまたぶッと噴き出して笑顔を見せた。

別れ際に千里から手渡されたもの

雨 帰りも千里といっしょだった。同じバスに乗って駅に到着する。電車は別だったのでそこで別れようとした。 「ちょっと待って」  しかし、彼女に背を向けようとしたところを呼び止められた。彼女はバッグからスニッカーズを取り出して僕に手渡す。 「え、これは?」 「ちょっと早いけど、バレンタインチョコ」 「あ、ああ、ありがと」 「楽しみにしてますよ、ホワイトデーのお返し」  千里はそう言って立ち去っていった。僕は駅の雑踏の中にしばらく立ち尽くし、手の中のスニッカーズをじっと見つめた。  これまでも日雇い派遣の仕事で女の子との出会いはあった。そしてそれなりに仲良くなることもできた。が、それ以上は決して踏み込むことはなかった。僕の年齢で若い女の子にアプローチをかけるなんてみっともない真似をしてはいけない。楽しく会話ができただけで満足しなくてはいけない。そう思っていた。千里の行動は僕のそんな考えを覆して淡い期待を抱かせるには十分すぎるものだった。  それからは飲食系だけでなく、軽作業の仕事にも積極的に入るようになった。千里とは連絡先の交換などはしていなかったので、彼女に再会してホワイトデーのお返しをするにはそうするしかなかった。  いったいどんなものをお返しすれば千里は喜ぶのだろう。クッキー? マカロン? いつ会えるかわからないのだから、常にバッグに入れておいたほうがいいだろうか。いや、仕事が終わってから彼女のリクエストを聞いていっしょに買いに行ったほうがいいかもしれない。それとも食事でも……。そんなことをにやにやと考えながら軽作業の仕事を続けた。しかし、いつになっても彼女に再会することは叶わなかった。そして遂には3月14日のホワイトデーも過ぎてしまった。
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これまでで最悪の現場に当たる
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