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【3・11特集】被災地の1年を追って 現地ルポ厳選集

 2011年3月11日。地震で混乱する被災地を容赦無く襲った大津波。“想定外”の暴走をした福島原発事故。日本中の日常を変えてしまったあの日から1年が経った。あの日に起きたこと、あの日に感じたことを、私たちはどれだけ憶えているだろうか? 被災地の取材でたびたび耳にした被災者の言葉「あの日起きたことを忘れないでほしい」。そんな被災者の想いに応え、この1年間にSPA!が伝えた被災地の現地ルポをまとめて紹介する。

◆福島県いわき市「スパリゾートハワイアンズ」の奇跡(3/26)
⇒ http://nikkan-spa.jp/3077(被災した記者の体験記)

 3月11日。弊誌記者は福島県いわき市にある「スパリゾートハワイアンズ」で被災した。そこで記者が見たものは、自らも被災者でありながら利用者のために誠心誠意職務を全うしてくれた従業員たちの姿であった。家族はどうなっているのか? 親戚は? 友人は? 気掛かりなことは多くあっただろう。しかし、彼らはその行為によって、記者たちの体だけでなく、心を救ってくれた。絶望の淵にある人を、真に救うのは「情報」でも「言葉」でも、ましてや「法律」や「ルール」などではない。「行為」だったのだ。

 その後、従業員たちは地域の避難所での炊き出し、全国125か所での「フラガール全国きずなキャラバン」など、風評被害に苦しみながらも、止まることなく動き続けた。そして、10月1日には限定的に営業再開、2012年2月8日には全面営業再開を果たした。

※特集「福島「スパリゾートハワイアンズ」復活の軌跡」
⇒ http://nikkan-spa.jp/163851

◆震災モニュメントを残せ!(5/24号)
⇒ http://nikkan-spa.jp/164799

 日々変わる被災地の風景。少しずつだが復興が進む一方で、このまますべてを消し去るべきでないとの声が上がった。「惨劇を後世に伝えるモニュメントにしたい」と訴える人や、被災地の住民たちはどんな心境なのか。関係者、そして現地の人々の声を追った。南三陸町では防災対策庁舎の保存を願う声が住民からも上がり、町長も「保存することで、県内外問わず全国の人々が何かを感じ取れる場所になってほしい」との意向を示していたが、遺族の反対で解体が決定した。同様の問題を周辺地域も抱えている。

◆長期ボランティア 派遣労働より必要とされる被災地へ(5/31)
⇒ http://nikkan-spa.jp/5978

 震災直後から被災地入りして活動している、一部の長期ボランティアらの処遇がひそかな懸案となった。生活基盤もなく、先行きが見えないまま被災地に住みつき、活動を続けている人も少なくないという。現地のボランティアリーダーは「この先どんな処遇をしていけばいいかわからず、心苦しいという気持ちもあります……」と複雑な心境を語った。

◆自動車ジャーナリストが見た [被災地のクルマと道路](5/24・31合併号)
⇒ http://nikkan-spa.jp/6041

 東日本大震災発生以降、初の大型連休となったGW。多くのボランティアが被災地を訪問し、さまざまな支援活動を実施していた。本誌連載「SPA! AUTO CLUB」取材班は、車で現地へ入り道路や車の現状を調査した。まず、驚いたのが通行止めとなっていた高速道路が、有事の際に集中して補修作業が行わるシステムによって、わずか2週間足らずで一般車両が通行できるように復旧されていたのだ。仙台港や、七ヶ浜町の菖蒲田浜付近では津波の影響は色濃く、クルマがひっくり返ったミニカーのように点在していた風景が広がっていた。

◆もうひとつの被災地『雪が解けた栄村』(6/1)
⇒ http://nikkan-spa.jp/5944

 3月12日深夜午前3時59分、M6.7という大地震に襲われたにもかかわらず、東北地方の地震と津波の被害の陰に隠れ、メディアから“黙殺”された長野県栄村。取材時、田んぼには雪が残っていたが、大きなクラック(亀裂)や雪面のゆがみが見てとれた。例年であれば、田んぼでの待ち望んだ作業に入るという時期であった。

◆オシャレで人気 仮設住宅を訪問(6/13)
⇒ http://nikkan-spa.jp/12135

 宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区を訪れた記者が見たものは、プレハブ然とした仮設住宅のイメージとは大違いの、オシャレな三角屋根の平屋であった。そこでは、顔馴染みの人を同じ棟に住まわすことによって、コミュニティーそのものが移転されていた。住民のストレス軽減を目的にしているという。取材時、どこから聞きつけたのか、近所の奥さん達が集まりお茶会が始まった。部屋は笑いに包まれ、「あんたも食べな」と記者もお茶とお菓子を頂くことに。震災前の元気な日常が仮設住宅の一角で戻ろうとしていた。

◆被災地の噂話 それって嘘? ホント?(6/17)
⇒ http://nikkan-spa.jp/15758

 東北一の歓楽街である国分町を中心に取材を行っていた記者。そこで聞く話はどれも、東京にいて漏れ伝わってくる話と微妙に異なっていた。そこで、被災地や仙台市内で聞いた噂話を検証。たとえば、「仙台市内、国分町でも略奪騒動が起きた」という噂。震災後、被災地ではコンビニや中には銀行や被災した家を狙った不届き者が数多くいたという。それは警察や住民の目が届かない被災地だけではなく、繁華街の国分町などでも略奪騒ぎが起きていた。

◆工場被災で商品提供できなかったジュースとビールの復活物語(9/6)
⇒ http://nikkan-spa.jp/52079

 震災後、企業の復興支援は積極的に行われ、カゴメとベネッセコーポレーションが共同開発した野菜ジュース「すくすくやさい」も、発売前に被災地の幼稚園・保育園で配布された。その後「こどもちゃれんじ」のキャラクター・しまじろうによる被災地応援イベントも行われ、小さい子どもたちの野菜不足の解消だけでなく笑顔も取り戻した。

◆南三陸町・ホテル女将「町民を救った180日間」(10/19)
⇒ http://nikkan-spa.jp/76586

 自らも被災しながらホテルに600人の被災者を受け入れ、衣食住を提供し続けた宮城県・南三陸町の「ホテル観洋」。地方経営者として三陸復興に尽力した女将は「少しでも明るい顔、再開の実績を作ることが、人々を南三陸町につなぎ止めることになると思った」と語っていた。

◆【荻上チキの短期集中連載】ルポ・遺体安置所が語りかけるもの(11/10)
⇒ http://nikkan-spa.jp/88516

 本誌連載「週刊チキーーダ!」の荻上チキ氏が、石巻の遺体安置所を訪ねた。津波被害にあった街並みの様子を撮影した写真や動画は数多く見られるが、安置所を取り上げた記事は少ない。荻上氏は、安置所で見た風景、匂い、作業にあたっている方の想いを、1万5000字にわたって詳細にリポートした。

◆激増する[震災ホームレス]は越冬できるのか?(12/6号)
⇒ http://nikkan-spa.jp/166646

 震災により職と家を失った者、復興特需に沸く被災地で仕事を得ようと移住したが、雇い止めにあった者など。被災地では「震災ホームレス」なる新たな問題が浮上した。厳しい冬の寒さのなか、被災地で路頭に迷った者たちを待っていたのは、あまりにも過酷な環境であった。父親が勤めていた会社が倒産したため、家族を養うためキャバクラで働き、寮代も切り詰めるためにホームレスとなった21歳の女性まで現れた。

◆[被災鉄道]復旧への遠い道のり(2/7号)
⇒ http://nikkan-spa.jp/164663

鹿折唐桑駅

鹿折唐桑駅の前には打ち上げられた大型の船がいまの残る

 世界に誇る日本の鉄道網も東日本大震災によって壊滅的な打撃を受けた。人や物資を運ぶライフライン=鉄道だが、いまだ復旧さえおぼつかない地域も多数残されている。被災地の鉄道復旧はなぜ遅れているのか。その要因を現地で探った。一つは、複数の自治体をまたいでいるため、再建計画の調整が容易ではないということだ。しかし、問題はそう単純ではない。JR東日本の現ルートでの仮復旧は行わないという方針に対し、被災した路線の周辺住民は「見捨てられた土地になってしまう」と不安の声をもらしている。 <構成/日刊SPA!取材班>

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