恋愛・結婚

妻がコロナで面会もできないまま死去「何も手につかない」

―[コロナ禍と人生]―
 新型コロナウイルスの流行により仕事や住居の変化、起業・学業・結婚の中断、中には家族の死など人生計画を狂わされてしまった人々は数多い。彼らはその後、どうなったのか? 今後もコロナ禍収束の見通しが立たない中、その生活ぶりと価値観の変遷に密着した。
コロナ禍と人生 妻がコロナで死去

※写真はイメージです

妻がコロナで死去。家を売りボランティアと追悼の日々

 城之内幸宏さん(仮名・50歳)は、妻を新型コロナウイルス感染症で失った。娘はすでに就職し、息子は大学卒業間際と子育ても完了。妻と立ち上げたアパレルネットショップは売り上げも上々。そんな順風満帆の中、悲劇は訪れた。 「忘れもしない3月7日のことです。ひどい咳と熱が数日続いていた妻が病院へ行くと、コロナの疑いありとのことで隔離入院。数日後、PCR検査によって新型コロナと診断されました」   そこから城之内さんの妻はあっという間に呼吸不全に陥り、人工呼吸器をつけたが容態は悪化する一方。やがて意識が完全になくなり、会話も面会もできないまま10日後に亡くなった。 「幸い私も子供たちも感染していませんでしたが、妻が苦しんでいる最中に自宅待機となり、社会からも隔離され、病院に近づくこともできなかった。火葬にも立ち会うことができず、志村けんさんと同じように遺骨だけが引き渡されたのです。途方に暮れ、何も手につかなくなりました」  それから1か月後、娘と息子はそれぞれの自宅に戻り、城之内さんは一人きりに。妻の友人などが訪ねてくるのも億劫であるため、誰とも会わず、連絡も取らず引きこもるようになった。 「いまだに妻がいなくなったことが認識できず、つい名前を呼んでしまう。妻の人形を本気で作ろうと考えましたが、子供たちに『気持ち悪いからやめてくれ』と止められました」  仕事は基本的に自宅でやっているが、そこには妻の思い出が詰まりすぎているため耐え切れず車で外出し、公園やカフェでぼーっと過ごす日々が続いた。  そして6月にはついに自宅を売却し、仕事もやめて福島のボランティアへの参加を決意。ネットビジネスにはたくさんの顧客が、SNSにも多くのフォロワーがいたが、もはや一人でやる意味はないと感じ、何も告知せずに来てしまったという。
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年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-

この問題を「自己責任論」で片づけてもいいのか――!?
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