恋愛・結婚

スナックの美魔女に恋をした。愛のヒットパレードは彼女に刺さるのか?

お菓子を頬張る愛しい彼女

「こんばんは~」  可愛らしい声で皆に挨拶をして彼女が席につくと、慣れた常連客たちは次々に声をかける。 「お~ユイちゃん。おつかれ~」 「今日もベルばら歌ってよ~」 「キャラメルコーン持ってきてたら三粒だけちょうだい!」  そんな中で、ヨッシーは「どうも」とユイさんの顔を見ないまま頭を下げると、一気に焼酎を飲み干した。そんな勢いで大丈夫か、と不安に思っていると田中と目があった。たぶん同じことを思っていた。  ユイさんは、そんなヨッシーの挙動不審の理由に気が付いている。気が付いているけど、なんとなくやり過ごしている。そういう天然じゃないけど天然に近いところが彼女にはあった。 「最初はなに歌おうかな~」  ぽいぽいとお菓子を口へ放り込みながらデンモクをいじる彼女の姿は、とても半世紀近く生きているようには思えず、少女の面影さえ窺える。選曲はドリカムの『決戦は金曜日』、透明感のある声が響き始めると、ヨッシーはちょっと熱っぽい視線で彼女を見つめる。そしてまた焼酎を飲み干す。

愛の歌に秘めたメッセージ

 しばらくそんな様子を繰り返しているうちに、ヨッシーはおもむろにデンモクを手に取った。彼は酔っていないとほとんど歌を歌おうとしない。だいぶ勢いが付いてきたということなのだろう。モニターを見ると、曲はミスチルの『抱きしめたい』。それを確認して嗚呼、と我々は思う。 「抱きしめ~たいぃ~~溢れる~ほどぉ~のぉ~」  身体を反らせてヨッシーが声を振り絞る。嗚呼。がんばれ、と心の中で思う。田中は「がんばれ」と口に出して小声で呟いていた。ちらりとユイさんを見ると、「なぁに?」という顔で小首を傾げて無邪気にスナック菓子を食べている。嗚呼。  この日はヨッシーの勢いは止まらなかった。『いとしのエリー』、『らいおんハート』、きみに巡り会えたんだはじめて会ったときからきみと歩いていきたい愛してる守りたいみたいな愛の言葉に溢れた曲を全力で歌いまくった。間奏中に一杯、歌の終わりに一杯、次々に飲み干し、その都度カララン、と氷が高らかに鳴った。はじめは座って歌っていたのが感情の高まりと酔いにつれて徐々に中腰になり、完全のスタンディングになって、ヨッシーはとうとうワイシャツまで脱ぎ捨てた。 「まじかよヨッシー!」 「そんなに熱いのか! 燃えてるのか!」  わたしたちは囃し立てた。滅多に見られない光景だった。 「もぉ~。なにやってんのよヨッシ~」  ユイさんの呆れ返った声に、なんだかつられて一同切なくなってくる。
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そして彼女は神になった
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